私の読む「宇津保物語」 蔵開きー1-
「あなたが悪いことをなさったわけではありません。あなた自身の気持ち子供を持ったことでもない。なんと、そんなに恥ずかしがるのは子供みたいで、つまらないことですよ。
私にも、参内すると、帝は私を召して、あなたの言うように、じいっと私を御覧になりますよ。
何をお考えになっておられるのか、にこにことしておられるときが多いですが、私は平気でお相手を致していますよ」
と、言う。
女一の宮と仲忠の居間は奥の方にあるが、それでも日が照り輝いているように明るく感じる。調度品も立派である。女一の宮仲忠北方の出産のために整えられた品々はすべてお産に関わった使用人に下げ渡された。
御帳台の帷子、衣なども良品は内侍典、そうでない物はお産を手伝った人たちへ一品ずつ下げ渡す。
この内侍典は嵯峨院大后に仕える者で、若いときからこのように貴人の方の出産の手伝いに仕える典侍であった。歳は六十余りであった。
仲忠中納言は、内裏に参内もしないで出歩くこともなく、一の宮と娘の犬宮を抱きしめて一日中慈愛を込めていらした。
内侍典は仲忠と北方の前で、
「犬宮様は、今の幼さでは有り難いとも何とも思いになりません。お生まれになるとすぐから仲忠様は懐に入れてお離しになりません。犬宮様の小水に濡れても平気でいらっしゃる。
万事立ったり座ったりしてなさるのを見ていますと、私も身に沁みるほど有り難さを感じます。
私は、久しい間お湯殿のことばかりして、このようなお産の手伝いばかりをして参りました。初めての産湯をされた赤子を迎える役、お湯殿の一切の儀式だけを担当いたしました。あて宮藤壺女御がお生まれの時は、正頼殿のが
『多くの子供を授かったが、この子だけは特に可愛いい』
と、仰ったので、産湯をおつかいいたしました。こちらの宮の時は、お迎え湯をさせていただきました」
と、言う。聞いて仲忠は大変に嬉しいことで、
「これからも、あて宮や、一の宮にしてやったように、この犬宮にもして下さい、女の子が見甲斐がないように成長するのはとても悔しいことだ。湯浴びの仕方で女の子は美しくなると言われている。
美しく育つようにお湯を使わせてくれたら、お礼もお祝いもしますよ。大勢の人の手には掛けないようにしようと思う」
と、言っているところに犬宮は仲忠にしっかり小水を流した。
「さあ、お抱きなさい、犬宮を」
小水で濡れた犬宮を仲忠は一の宮に渡そうとする、
「まあ、汚い」
と、一の宮は言って、仲忠に押し返して他所を向いたしまった。仲忠は、
「頼もしくない親ですね」
内侍典にい犬宮を渡して、濡れたところを拭く。
一の宮、
「なんと臭いこと、たまりません」
と言って、不機嫌になる。内侍典も、
「犬宮は藤壺の小さいときと良く似ていらっしゃいます。藤壺は幼かったとき、少し小さかったようです。犬宮は大きくなられるでしょう」
と、自然に語り出す。
「犬宮はやがてお側に仕えるような方が現れるでしょう。藤壺のような方は珍しいですが、あのような方が多くの男を混乱させておしまいになるのです。
今は実にすばらしい暮らしをなさっておいでですね。お歳が加わるにつれて、ただ貴人らしさだけが備わり、指で突かれただけで倒れてしまいそうなか弱いご様子で、手折った花の可憐さが一段と勝っておいでになる。
東宮があて宮とお並びになると、花の傍の常磐木のように見劣りされます。
先頃参内いたしますと、全く御宮仕えのご様子もなくて、普通の夫婦のような関係でいらっしゃいましたよ
東宮がお出でになってどういう訳か分かりませんが、東宮が話をなさると、あて宮は機嫌が悪くなり、自分の髪を前の方に差し出して、座の側に置かれたのを見ますと、張った絹を瑩(こうじ)貝で摺り磨いて光沢を出したように毛筋も見え無い程隙間なく一面に広がって波打つような様子でしたので、すべてのことを忘れて、命が延びた感じが致しました。
それは、最近ご懐妊なさったからでしょう。精神的に落ちつかないのでしょう」
仲忠
「髪の長さは一の宮と比べてどうじゃ」
「同じぐらいでございます」」
一の宮
「私は人並みか、あて宮は大変に美しいお髪であるが。金の漆のようである。一緒に住んでいた折いつも比べてみましたが、彼女の髪は色と筋が変わっていたが」
内侍典
「宮もあて宮と変わりはありません。私は嘘などを申し上げません。よく御覧になって下さいませ。
それでもあて宮が、恐ろしい程お美しいのは、東宮よりも優れていらっしゃるので、勝ってお見えになるのです。
また、仲忠様が優れてお出でになり、宮の前にいらっしゃいますので宮がどうしても劣るように見られます。
藤壺女御のお方には、今世にときめかれる仲忠様を超えることは出来ませんでしょう」
仲忠
「勿体ないことを言ってくれるね、だけど、藤壺女御の方が遙かに優れておられますよ」
典
「いいえ、情けないことを言われます。今は、三条殿のお方、仲忠様の母君、内侍督が第一、藤壺女御第二、一宮さん第三であります。男性の方は、あなた様中納言です」
中納言
「気恥ずかしいことを言う。おまえの言うとおりだと誇張になる」
典
「そうは思いませんよ。皆さんがご一緒になればすぐに分かることです」
と、言って、
「奥へ行かせてもらいましょう。これ以上この場にいましたら、言い過ぎてお咎めを受けることにもなりましょう」
と、犬宮を抱いて仲忠、宮の前から姿を消した
仲忠中納言は北方の一の宮に、
「よく喋る女だな。私や母上を誉めるのは贔屓目だからだ。
そうだ、藤壺の女御が内裏からお下がりになったときに、宮さん、御簾のかげからでも私に垣間見させてください。内侍典が言うことが本当かどうか見比べてみたいから」
「あて宮が私より上だと言うことは事実です。藤壺は見れば見るほど綺麗になって、私は日に日に衰えて行ってます。昔でもあて宮は私よりずっと美しかった」
中納言
「そのように仰っては、貴女はひどいお顔だと言うことになりますよ。毎日貴女を見ている私は、そんなにひどいお顔だとはとても思えません。
でも、貴女がお褒めになるあて宮を、どうしても私に垣間見させるようにしてください、お二人を見比べて典の言うほど綺麗なのか確かめたいですから」
「さあ、それは簡単なことではありません。もしも他人が垣間見る貴方を見て騒動にでもなり噂が広まると、みっともないでしょう」
「あて宮が美しいお方だと見ても、今更何が起こることでしょう。入内される前でも何一つ事起こさずに済んだことでしょう。上達部の娘をしっかりと護っておられるのに、手を出しては罪に問われることです。正頼様もこの仲忠を殺そうとなさるでしょう。そんな時でも私が琴を弾いて一曲お聞きになれば、憎しみ通すと言うことはお出来にならないでしょう。
私と正頼様はそのような間柄でありました時でさへ、私はあて宮に手出しをすることはいたしませんでした。
そのような私の態度がよろしかったので、帝は大事な娘の宮を私に下されたのでしょう」
作品名:私の読む「宇津保物語」 蔵開きー1- 作家名:陽高慈雨