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私の読む「宇津保物語」 蔵開きー1-

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「自分で書こうとするとまだ手が震えるので、と申しますので一の宮に代わって筆を執らせていただきます。

 今まではお傍においで下さったので、大変頼みにお思い申し上げておりましたのに、お帰りになったのでこれからは大変淋しゅうございます。

 物も分からないほど苦しかった悩みをすぐ直してくださった琴の音が忘れられず、お慕い申し上げております。

 この品は、犬宮の尿でお濡らしになったお召し物を、脱ぎ替えて頂きたいと存じまして」

 と、あり、仲忠も母を見送ってまだ三条殿にいる頃である。母親の北方が頂いた女御の文を見ているのを
仲忠は見ていて、

「私もまだ拝見したことがない」

 と見つめていた。

「女御の方も立派な筆跡である」

 父の兼雅は
「昔から有名な書道の名人で、藤壺(あて宮)の師匠にも劣らない」

 仲忠
「いつか拝見いたしましたが、女御の手より勝っていましたよ藤壺は」

 と言う。宮から贈られてきた物を前に並べて、馬は庭を歩かせて見てみると、兼雅は、

「疎遠な間柄の人がするように、細々とされた物だ。勿体ないことには、后の宮からもよく、お祝いを下さったものだ。仁寿殿女御とはお仲がよろしくないのに、こうなさったのは、仲忠に対して礼をお尽くしになったのだろう」

 仲忠
「私のところには后の宮から度々ご消息がありました」

「全く面倒なことなのに、皆が祝ってくれて恐縮だ」

 仲忠中納言
「大層鄭重に儀式ばった事をいろいろしてくれました。あちらでも、来月あたりに同じような喜びがある筈でお尋ねしなくてはなりますまい。

 中でも梨壺大層心の籠もったお祝いをしてくださったのはどうしたことかと思いました」

 兼雅
「私も、その心の籠もった祝いの品々を見ましたよ。
 そなたを快く思ってはいないのであるのに、三の宮はどういうわけで、あのように見事な品を整えられたのだろう。宮のお気持ちはどんなものなんだろう」

 仲忠
「私は時々ご訪問いたしますが少しもそのような不快なご様子はなくて、美しい態度でお迎えしてくださって、お話になりますよ」

 兼雅
「まだ、侍る人はいますか。私をどう思いだろう。宮に対しては、すまないと思っているが、昨夜は本当に心を打たれた」

 北方の内侍督は大宮への返事を書く。

「畏まって読ませていただきました。しばらくでもおそばにいてお世話をさせていただこうと思っておりましたが、気難しい人、私を退出させようとする夫兼雅が急ぎましたので。

 誠にかわいい孫の犬宮をお見上げしないでは不安でなりませんから、その中お困りになるほど伺い致しましょう。

 このように沢山の頂戴物を頂き、宿守の希望者が沢山来ることでしょう。

 本当に蓬莱山が近づいたと申されるのですか、鹿の鳴き声ではありませんか」

 と書き送った。女御への返事もこのような内容であった。お使いはそのたびに被物、禄を頂いて、文を運んだ。

 仲忠は、
「ただいまから正頼様の方へ帰ります」

 と母親たちに告げて帰って行った。


 大将正頼は、次の日に女御の君梨壺から頂いた黄金の甕に帝の料理を入れ替えて、それに添えて、鯉、小鳥を日干し餌袋に入れながら。藤壺から頂いた雉子を添えて帝に差し上げようと、考えるところがあって、帝に使える靫負(ゆげい)の乳母と言う人に文を送る。

「このごろ忙しくてご無沙汰したが、どうしてそちらから尋ねてくれないのだ。

 ところでこの品は、産婦の召し上がった残り物です。大層寒いこのごろだから、これを召し上がって風邪をひかぬように、帝のお食事と念じまして。

 この雉子は帝に差しあげて下さい。交野の雉子とどちらがおいしいか比べていただきたいと申し上げてね」

 交野は帝の猟場である。

 そうして、正頼は銀の小さな壺に香料の黒方を入れ。黄金造りの貝五個に蜂蜜を入れ、沈製の鰹節のようにしたのを青い紙に包んで、五葉の松の枝にぶら下げて差し上げると乳母たちが丁度台盤所に集まったところで、事の成り行きを知らない命婦達が、到来した贈り物を見ると、


「何処からの贈り物ですか、興味がある物ですね」

 と言って騒ぐ、乳母は、

「仁寿殿女御の第一の宮の御産屋の残り物として頂いた物です」

 と命婦達に答えて、贈り物を開けてみて、

「大層見事に整えられた贈り物ですこと。それも尤もなことで、左衛門の督仲忠様の産屋ですから、立派になさっておられます」

 などとお互いに言い合っている。

 靫負の乳母、

「皆さん方、この乾物を一切れずつ打ち割ってください」
 みんなで分けなさい、と一切れだけ渡して

「残りは風邪薬にする」

 と言って手にして、保存しておく。

 こうして開いた贈り物を靫負の乳母は奥にあがって帝に披露する。文も併せてお渡しする。帝は御覧になって、

「わざわざ念を入れて立派に仕上げた物だな。靫負が今皆と話していたのは何事だ」

 と、問われる。靫負は、

「この、贈り物の中の鰹作りを頂戴いたしまして、小さく割りましてみんなに分け与えました」

 帝は、
「いろいろと面白い贈り物があるんだな」

 と、仰って、餌袋は后の宮に、

「女一宮の贈り物の残りだと言って持ってきた物である」

 と、渡された。

 鯉に雉子そのほかは、最近、御子をお産した寵愛の更衣であった者に与えられた。

 帝は、
「仁寿殿女御への返事は私が書きます」

 と、仰って

「こちらから使いを送ろうと思っていたところに、靫負を通じて言ってこられた。もうそろそろ参内なさい。このごろ何となく世の中が頼りなく、寂しく思うのも、御子達を度々見ないからです。参内なさるときに男、女御子達全員を連れてきなさい。

 女一の宮にも久しく会っていないな。大人になったと言うことが不思議でならない。

 本当に私に、巣作りする鳥の辛さをさせようと思っておいでなのですか、それでも、

 余所ながら中淀みする淀川に
   ありけるこひをひとつ見るかな
(中途で停滞した淀川によそながら鯉を一つ見つけて嬉しく思っています)

 早く帰って(参内)来なさい」

 と、文を書かれた。靫負の乳母は、

「御文、贈り物、畏まってお受けいたしました。

 私自身参上いたしまして御祝辞を申し上げたいと思いましたが、忌々しいことにあやかるようなことがありましてはと、ご出産の喜びの時期を逃してしまいました。

 贈っていただきました風邪薬は丁度欲しいと思っていたところでした。

 帝に、お文がこのようにございますと差し上げましたので、このようにご返事を頂きました。詳しいことはお目にかかった上で」

 と、文を書いた。
 使いの者から受け取って、女御は御覧になる。

「帝よりこのようなお文ありました」

 と、帝の文を一の宮に見せる。仲忠も帝の文を見て、

「本当に、何とかして一の宮をご参内できるようにしたい。気分がよくなったら、参内しなさい」

 一の宮

「帝は、何でもないときでもじっと私を見ていらっしゃるんです。子持ちになった今は恥ずかしくて、どうしてお目にかかれましょう」

 仲忠