私の読む「宇津保物語」 蔵開きー1-
「ご無沙汰勝ちで心許なく、お案じ申しあげておりました。久しくお見えになりませんので変だと思いましたが、やっと昨日それはご無理のないことだと存じ上げたので御座います。この鳥は、
紫の野邊のゆかりを君により
草の原をも求めつるかな
(血縁の貴女の慶びを祝うために草原まで探して取って来た鳥ですよ)
もっと早く存じあげておりましたら、大鳥をお祝いできたのでございましょうに」
と、書かれてあった。正頼が、
「どこら来た文か。何となく艶な文のようだな」
仲忠
「梨壺女御の方からです」
父の兼雅が、
「さて、その文を拝見しよう」
と、文を読まれて、
「なんと大人らしくお書きになったものだな」
と、言われるうちに、左大臣忠雅の長女の麗景殿、春宮の女御である方から、二斗ほどはいる銀の桶二つに、同じく銀の柄杓を付けて、白いおかゆ一桶、赤いおかゆ一桶、銀の盥は八つに、おかずとして、魚を四種類、肉類を除いた精進料理四種類、大きな沈の折櫃に入れて、黄金の土器の大きなもの小さなもの銀の箸を沢山そろえて、祝いとして贈ってこられた。
麗景殿からも仲忠に文があった。みんなを一の宮の前にそろえて並べた。
大臣方は喜んで、
「まずはこのお粥を頂きましょう」
と、送られてきた銀の柄杓で掬って杯などに入れて、召し上がりになる。こうして、梨壺女御にお礼の文を書く。
仲忠から梨壺への礼状
「お文拝見いたしました。久しく伺わないので気になっておりました。昨日お聞きになったとは誰がお知らせしたのでしょう。大鳥のことをかれこれ言うような人達でしたか。実を申しますと、こちらの宮(女一の宮)をお心にかけて頂けなかったことが、何より水臭い事だと残念に存じます。
野邊に住む村島よりも一つがひ
水なる亀もめづらしきかな
(野辺に棲んでいる多くの鳥よりも、水の中で番として育った亀のお祝いは珍しく嬉しかった)」
大鳥のと言うのは、古代歌謡に
大鳥の羽に やれな 霜ふれり やれな 誰かさ言ふ 千鳥ぞさいうふ かやぐさぞさ言ふ 蒼鷺(みとさぎ)ぞ 京より来てさ言ふ
と言う歌が底にある言葉である。
そして、被物をしてくれた者には、装束以外の禄を与えて、祝いの文を貰った者には返事をさしあげた。
このようにして、今宵は唐綾の指貫、直衣、赤色の綾の袿一襲、宮達も他の人も同じように着用した。
南の方には北向きに宮達、西面の母屋に向いて大殿方、母屋の御簾の外に南東に並んで、中納言の北方の女房、御簾の中は貴婦人方の女房達が控えている。御簾の外には左大辨師純、祐純宰相中将を始めとして、この屋の男君達。
最近は、中の大殿では男の使用人は使わないので、童や大人の女房を呼ばれて、男の使用人は出てこない。仲忠、
「ここには、見たことがない人はいないのだが」
と、言うと、台盤所から、大人の女房と童が参上した。女房四人と童四人、女房は赤の唐衣、綾の模様を刷り込んだ裳、綾の掻練の袿を着ていた。容姿端麗な五位の者の娘達である。童も赤色五重襲の上の衣、袴、綾掻練の袙三重襲、袴を穿いている。髪は丈の長さ以上、姿が可愛らしい。
こうして食事が始まる、盃のやりとり続く。仲忠が
「紙を呉れるか」
と、言うと、黄ばんだ色紙一巻、白の色紙一巻を硯の箱に入れて持ってきた。
梨壺から贈られた餌袋を開けてみる。
正頼が、
「これはまた珍しい趣向を凝らした贈り物だ」
右大将兼雅が、
「ああ、どうしているだろう。この贈り物は母宮(嵯峨院皇女)が段取りなさったのであろう。母宮は心の美しい方です」
と、言いながら見ていた。
黄ばんだ紙一枚に黄金の銭一つを入れて包み、十包み、白の色紙に白金の銭一つを包み、白の包みを特に美しく包んで、黄ばみの包みを大臣達の御膳毎に置く。
碁、双六を運んでこさせた。碁と双六の勝負が始まった。正頼が、
「ここには魚や鳥が少しもない」
と言われたので、御簾の中へ差し入れた。
こうしている内に、御簾の外、中で、銭を投げ合う灘打ちが始まり、杯の交換も激しくて、灯台の油も程よく注いで周った。
武蔵で流行の東攤(あづさだ)などが始まり、童も大人も打つ。攤打ちが熱を帯びてきた、女房達に柑子が一個ずつ配られる。仲忠に宮達は一心不乱賭に没頭していった。
このようにして遊んでいる内に夜も更けてきた。
中納言仲忠は、綺麗な袋に収められた琴を三面、笛を三管を取り出して、笛の音を合わせ、三面の琴一つづつ、違った手で弾く。その音色は言うまでもない。
琴の調子を調べて、
「御簾の中の方々に」
と言って、御簾の中に差し入れた。
「琵琶は女一の宮に、箏の琴は仁寿殿女御に」
と、言いながら琴を押し込んだので、女房達はその琴を受け取って、それぞれの方の前に持って行くと、仁寿殿女御は、
「あら、困りましたね、どうせよと仰るのですか」
仲忠の母内侍督は、
「そう仰るほどのことでもありますまい」
と言って箏の琴を大変楽しそうに弾く。
仁寿殿女御も暫く楽しそうに面白く弾かれたが、女一の宮が、寄ってこられ、琵琶を楽しく弾かれる。仲忠は一の宮が琵琶が得意なことを聴いていたので、暫く宮の演奏を聴いていた。
そうして横笛は仲忠が、笙の笛は弾正の宮、篳篥(ひちりき)は正頼の長男忠純が取り上げて演奏する。仲忠は、笛を高い調子の音色で吹いた。琴はその笛に合わせては弾かない。あちこちに散っていた正頼の君達が
「ここでは聴いたことがない笛の音である。左衛門の督ではないか。側に行って聴いてみよう。仲忠の母御が吹くように言われたのであろう。仲忠は人付き合いがない男だが、それでも人々と合わせてよく音楽をするな」
などと言っている中に、行正が笛の音に感動して、このままではおれなくて、立ち上がって、ふらつきながら、涼中納言に、
「こちらへお出でなさい。なんと美しい音色ではありませんか」
と、糊が落ちた狩衣などを着ていて、東の対の隅の格子の間に入って立って聴いていた。仲忠は琴笛を合奏して楽しく遊んでいる。行正は隠れて、源中納言涼は隠れることなく、
「見事な笛の音ですね。箏の琴は多分仲忠の母上であろう。今まで聴いたこともないすばらしい音色である。この人達はどうして人に出来ない技をなさるのであろう」
行正中将
「何も不思議なことではないでしょう。物の上手という方々には、上手くできないという心配事が無いのでしょう。そのわけは、俊蔭一族以外にはこの技を伝えないからでしょう。そうしないと、帝がお聴きになるとき、聴き映えがしないでしょう」
と、熱心に聞いているうちに演奏は終わった。
右大将兼雅は気持ちよく酔って、
「今夜はどうして、女一の宮はお出にならないのかな、淋しいことよ」
と、言うと、一の宮は、宮の宰相の君という女房を間に立てて
「只今休んでおります」
と、伝えてきたので、
作品名:私の読む「宇津保物語」 蔵開きー1- 作家名:陽高慈雨