私の読む「宇津保物語」 蔵開きーue -
宮が、
「どんなに書いたのか見せて下さい」
と言うので、仲忠は、
「さぞやご覧になりたいでしょう」
と書いた文を宮の手に渡したが、宮は見なかった。
仁寿殿女御は大変に綺麗な装束を手にして、三宮を呼ばれて、
「この装束は、こういう場合の他は、普通は被物にはしないのですが、使いの方に、渡して下さい」
と渡されたので、三宮は持って出てお使いの亮の方に被けられると、亮は階段を下りて、礼舞をする。
仲忠はあて宮から贈られた祝いの品を持ってこさせて見ると、二斗甕には、紅の練り絹の光沢を出したうち綾が、甕の口まで畳んで入れてある。
折り櫃には、一つには、銀の鯉と同じような鯛が入っている。もう一つ沈の鰹を造って入れ、沈と蘇枋を小さく切って切り身のような櫃が一つ、併せて三つの薫り物の櫃。竜脳香を黄金の壺に入れた折り櫃が一つ、海松と書いた赤絹、白絹を縫い目が無くて 飯粒を練って作った糊「続飯(そくい)」海松のように造って一折り櫃。白粉を入れた一櫃。もう二つにはえび香と丁字を鰹節のように拵えてそれぞれの櫃に入れてある。仲忠は丁寧に見て、
「大変なことだ、お心を込めてこのように整えて下さったのであろう。入内される前はこのように気が付くお方ではなかった」
などと思い、見ていた。内侍督も祝い品を見る。
よるになると、正頼の北方大宮が、犬宮の湯浴みをしてあげる。一の宮も湯浴みする。
涼中納言から出産祝いがある。産婦の宮の前に銀の衝重十二、銀の台盤に据えて。敷物、打敷は清らかである。
衝重にはそれぞれ色々な物が入れてある。綾の練った物、花模様を綾織りにした薄い絹織物、種々な織物、白い綾、経糸が生糸で緯(よこいと)練り糸模様の織物、練らない生糸。二種類の綺麗な糸など。
分量が多く、高く積んで、思い物を据えたので押されて傾いている。
仁寿殿女御の前には沈木で造った折敷、同じ沈の高坏に据えて。打ち敷物はとても清らかである。
沈の衣箱を黄金で箱の縁を飾った中に被物にするように女の装束二具、白の袿十重ね、袴十具、蒔絵の衣箱に入れて、五斗ばかりはいるし紫檀櫃五に、碁代(ごて)、弾棋代(たぎて)石弾きの遊具、その賭物を傘高く入れた物を打ち並べた。
正頼からも碁代、すみ物、お前の物を美しくなさった。
式部強の宮(五君の夫)、民部卿(太政大臣季明きの長男)色々と贈り物をされた。
そこで、仲忠夫婦が住む中の大殿の南廂を解放して、客人の、帝や貴人の御座所として二重畳に敷物を置く「御座(おまし)」と共に座を造った。
主の正頼大臣が、四男の左衛門佐連純を使いとして。右大将兼雅、式部卿の宮の方々に、
「こん夜は犬宮のお七夜ですが、大変に申し訳ありませんがお出で願えませんでしょうか。この翁が、ここであれば舞を舞ってお目に掛けます」
と言って回ったので、みんなは、
「これは珍しいことである。見物をしなければ」
お二人がお見えになったので、二人以外の婿君やその他の方々も家の中に閉じこもっては居られないと皆さんがお出でになって座についた。
以上の方々の宴会の料理は涼中納言が引き受けてされた。大変清潔で立派な料理がみんなの前に並んだ。
酒が回って、無理矢理に酒を飲ませたので、二の姫の婿の中務の宮は吐かれた。式部卿の宮は、草鞋の片方を穿いていつもの謹厳さを酒に酔って失い、兵部卿の宮は
「源中納言の琴を聴こうとして、酔ってしまわれたか。今夜は舞の師らしく見えない」
仲忠
「いつであったか、行正中将は下袴だけで脛を出して走ったことがあった。そんなでも舞の師だけあって咎められませんでしたよ」
正頼
「私の子供達は、いつもより美しく正装して笏を持って練り歩くのに、袴を括って出たことがありましたよ」
民部卿の宮
「悲しいことに実忠朝臣が、この席におられれば、あの方の才で一同をどれだけ楽しませてくれたであろう」
正頼
「春宮にお仕えするあて宮が、今夜のことをどう思うだろうか。招いてやらないで、この私をさぞや恨んでいることであろう。先日。退出したいというのをさせなかったから、怒っているであろう」
左大臣忠雅(仲忠の祖父)
「本当にそう思ってでお出でだろう。『母が譬』という諺があります。忠雅らが言うことは、世間で言うように、牛が走りますよ、と言うことでしょう」
と言うと一同が大笑いをする。
牛が走ると言うことは、動作の鈍い牛でさえ走る。ということで、忠雅の言うような言葉でどんな神経の鈍い者でも快い笑いを発する。ということ。
こうして、管弦の演奏が始まる。琵琶は式部卿の宮、箏の琴忠雅左大臣、和琴中務の宮、笙の笛兵部卿の宮、横笛中納言、大篳篥(ひちりき)権中納言と、全員調子を合わせて、演奏が始まる。
藤中納言仲忠は自分の子供犬宮の産養であるのにみんなの席に出席しないのは素直でない、と考えて盃を持って出ようとして、紫苑色(しおんいろ)織物の指貫、同じ薄紫の直衣、唐織りの綾の掻練襲て出席した。
このごろ仲忠の容姿が端麗になる。下襲の裾を長く引いて盃を手にして会場に現れた。兵部卿の宮がそれを見て、
「あれ、珍しいことだ。感心に外へも出ないで家に籠もっておいででしたね」
と、言うと、そこらにいた者の眼が仲忠に集まった。誠に非の打ち所がない立派な帝の婿殿だ。涼中納言に似ていると言ったけれども、今では仲忠の方が涼を抜いて優れていると、、見ている人達は思った。
仲忠は盃を式部卿の宮に渡す。宮は出席遅れた罰闕巡(けつじゅん)で酒を飲まされて酔いのままで、
姫松はいつも生ふなる宿なれば
蔭涼しけに身ゆるたびかな
(この宿はいつも姫松が生えるので。今度も立ち寄りたくなる涼しい蔭ですな)
仲忠中納言
いさやまだ蔭はしられず姫松は
年経てながき色をとぞ思ふ
(さあ、まだ男君が立ち寄るような蔭になるかどうか分かりませんが、姫はいつまでも美しく変わらずにいてもらいたいと思います)
中務の宮
小高くてすゞしき蔭に宮人の
圓ゐするまで生ひよ姫松
(立派に成長して涼しい蔭をつくって、宮人がそこに親しく集まって楽しむほどにおなりなさい)
兵部卿の宮
心ゆく心地こそすれ二葉なる
松の代々のみ思ひやられて
(幼い松が幾久しく美しいであろうと思いやられて、大変満足に存じます)
左の大臣
二葉より生ひおならびつゝ姫松は
枝をばさらで千世は過ぎなん
(母の松の下にならんで生えた幼い姫松は、大きくなって、いつまでも親子とも美しく栄えるように)
藤大納言忠俊
岩の上に今より根ざす磯の松
立たばうき身をありとだに見む
(しっかりと今から岩の上に根を下ろした磯の松。大きくなって浮き世を見るであろう)
右大臣正頼
年経れば頭の雪は積れども
小松の風も待ち出てしがな
(年が経てば、私の髪はますます白くなるけれども、小松(犬宮)が成長して、松風を送るのを待ち受けたいものだ)
右大将
作品名:私の読む「宇津保物語」 蔵開きーue - 作家名:陽高慈雨