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私の読む「宇津保物語」 蔵開きーue -

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 内侍督の食事は、正頼から順次用意された。

 産養(うぶやしない)の三日の夜は。右大将兼雅が準備をする。

 銀のお膳に、透箱など贅沢な物を沢山に並べて祝いの場を造る。屯食という握り飯の大きな物や
掛け碁代などをならべて、正頼の屋敷にお産の日よりとどまっている殿上人達は夜中楽器を鳴らして、銭を打ち付けて勝負する「灘打ち」をして遊ぶ。

 また、四の宮のお方からも、三夜の祝いとして色々な物が贈られてきた。

 五日目の夜、この殿の主、正頼が祝いの席を設ける。正頼の息子達はそれぞれ立派な贈り物をなさった。「灘打ち」そして泊まり込んでいる殿上人
達に被物をされた。

 六日になった。一の宮の母仁寿殿は、香料を多く集められて、えびや丁字という香と共に金の臼に入れて搗かれる。練った絹に綿を入れて、袋に塗って、一袋ずつに搗いた香料の粉を入れて、柱と柱の間の御簾に掛けた。

 大きな狛犬四つに小さな火鉢「火取」を入れて併せた香を絶え間なく焚いて、御帳台の四隅に据えた。

 廂の間には大きな薫炉に火を入れて、沈や合わせ香をほどよく埋め込んで、上に籠を置き、同じ物を数多く部屋の各所に置いた。

 御帳台の四隅の帷子、間仕切りの壁代などは、香を移す上等の薫炉に入れて、薫りをしみ込ませたので、大殿の周りはいい薫りがし、内部は言うことはない。少し臭う蒜(にんにく)匂いなどは消されてしまった。

 大宮は北の大殿に渡る。仁寿殿の休憩所である。女房や童皆がしきたり通りの装束をしていた。

 仲忠は、いつもいる東の廂に儀式通りに、手水から食事まで準備したのであるが、顔も見せないで産婦の一の宮の枕元にいて、食事は宮の食べ残しを食べていた。

 昼間の人がいない時は、御帳台に入り込んで宮のそばに横になって休み、誰かが来ると、御帳台を出て、台に寄りかかって居眠りしている。簀の子には、和やかに君たちが並んでおられた。

 出産七日になり、仁寿殿女御は産後の身体を休めている一の宮に、
「夕方にはお風呂に入りなさい。起きなさい、髪を梳いてあげよう」

 と、言われたので、宮は起きあがり、糊のきいてしゃんと張った白い衣の上に光沢を打ち出した紅い表着を着て御帳台の端の方にいざり出て、東向きに座っている。

 女御仁寿殿、内侍督が宮の多めの髪を二つに分けて梳りされた。一の宮の髪は大変に豊富で八尺ほどある。その世話を内侍典(ないじのすけ)と乳母が担当して当たる。

 内侍督
「お産の時の初めての髪梳しは、縁起を祝う物ですが」

 仁寿殿女御
「何も気に掛かることはことは無い。そうでなくても長くて多すぎるぐらい心配のない髪だから」

「髪は多くて長いのが数多くなくてはならない。髪の筋や見た目の美しさは滅多にないものです。宮はその点、どこから見ても髪の筋や見た目の美しさは、有り難いことです」

 と梳りながら見ておられた。ちょっとしたことではあるが目出度いことである。お産のために髪が切れたり薄くなったりはしていなく美しくつやつやしさをたもっている。少々顔色が青いように見られるが、それが却って気高く上品に見えて美しく清らかである。

 そうしているところへ藤壺あて宮から二斗ほど入る甕(かめ)二つ、沈の折櫃重十二に物を入れて、蘇枋(すほう)製の高坏の上に銀の雉子が二つ、食用に似せた剥製で腹に樟脳から採れる竜脳香が埋め込まれている。大きな松の造木の枝に取り付けて、腹を縫い合わせて端の方に、

 むらどりのつるの郡にすむ雉子の
松の枝にぞけふはとびける
(むらどりの都留の郡に棲む雉子が今日は珍しく松の枝に飛びましたから、お目に掛けます)

 と、文が付けてあり、春宮の亮の君(次官)が使者として持参して宮の前に差し出した。文は、薄い萌黄色の色紙に一襲に包まれて五葉松の枝に
付けられてある。

 一の宮は開いて読むと、思わず笑われる。仲忠は
「何が書いてあるのですか、拝見したいものですね」

「人に見せるなと書いてありますから」

 と、一の宮は夫の仲忠に見せない。

「貴女は私に隔てをおつけになるのですね」
 
 と言って、手を宮の懐に差し込んで文を取り上げて読む。読むとこのようにあて宮は書いてあった。

「本当に子供が授かってご満足でしょう、おめでたいことを先にお祝い申し上げます。というところでしたが、しばらくは何も考えられない状態 でしたので、もしも見苦しい文章などを書いて、恥を隠すことが出来ないで、文をお目に掛けることとなるやと思いまして、とうとう今日までご無沙汰申し上げました。 

 本当に、真剣に。大変お目出度いことが一度に集まったときこそ伺うべきですのに、お目にも掛からず、直接お祝いの言葉も申し上げなくて、事がすぎてしまいこの上なく残念に思っています。
 昔のまま春宮へ入内を致しませんでしたら、このように切ない思いはしなくて済んだと思いますと心が暗くなります。 

 もろともに巣馴れしものをおのがよゝに
  かゝれる鶴と他所に聞くかな 
(昔、中の大殿で二人一緒に住んで、親しくしていましたのに、今は、自分自分の生活に関わって、貴女の慶びを他人のように聞いているんですもの)

 繰り返して足りないほど貴女が羨ましい。

 私の愛しい貴女よ、こういう事があった折には、全く、全く挙措、立ち居ふるまいを知らない私のために、必ず必ず、自由にお訪ね出来るようにお力添えを願います」

 仲忠は読み終えて、笑いながら。
「久しく文を見ることが無かったが、見事に文章の筆も立派に習われておられる。このお返事は、宮に代わって私が書きましょう、まだ手が震えて筆が上手く運ばないでしょう。身体が回復したらいつでも文は書くことが出来るから」

 と言って。仲忠はもう一度微笑みながらあて宮の文を見る。そうすると昔を思い出して感傷的になるので、このたびの出産という慶事に涙は不吉、と送られた文を置いて。赤く薄紙一重に、

「お文を頂きました当人は、床上げしたばかりの産後でありまして、眼も平常には戻っていませんので、宮は私に返事を書くようにと申しますので。

 私のことを意のままに思い通りで羨ましいと仰ったのは、それはあたりも狭いと思えるほど満ち足りているとお思いになったからでしょう。そう言われても誰も恨みには思いません。

 実は、私のためと仰ったのはどういう事でしょうか。

 おなじ巣に移れる鶴のもろともに
立ち居む世をば君のみぞ見ん
(貴女のお産をなさった同じ場所で同じようにお産をして、子供が成長するのを、あなただけは見守って下さるでしょう)
 
以上のように申し上げよと、宮からの伝言で御座います」

 と、書いて仲忠は裏を返して

「さて、私に関しましては、今が最後で再びお文を差し上げられないのですから、一層恋しさがつのるばかりでございます。

 千歳をば今なりと思ふまつなれば
昔も添ひて忘られぬかな
(久しい間待って、やっとこの一時を得た私は、昔の恋しさ悲しさも一緒に思い出されて忘れかねるのです)

 と、書いて一重に包んで味のある紅葉の枝に結びつける。