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私の読む「宇津保物語」 蔵開きーue -

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その音色は言うことなしである。仲忠の琴の演奏法は天候を変えるほどの面白い手法であるが、母の手は病人や気持ちの落ち込んだ人が、これを聴くとすべて忘れてしまうほどに柔らかく、しかし頼もしく、命が延びるように感じる。

 そういう訳で、出産後の一の宮は、内侍督義母の琴の音を聴いて、懐妊する前よりも若返った気がして、お産の後というのに起きあがって来られた。仲忠はそれを見て、

「起きてきてはお体に良くないでしょう、そのまま床に横になってお聴きなさい」
「今はもう苦しくありません。母上の琴を聴いたら、苦痛なんか皆亡くなってしまいました」
 
 と言われて、母君の傍にお座りになったまま曲を聴いておられる。母親の仁寿殿女御、内侍督揃って
「風邪をお引きになりますよ」

 と、やかましく申して、一の宮を床につかせた。

 琴の演奏は全部弾き終わったので、「りょうかく風」は袋に入れて一の宮の枕元に御佩刀と並べて置かれた。

 そうしている中に夜が明けたので。格子を全部つるし上げて室内を明るくして、外から覗かれないように几帳を立てていると、正頼と一の宮と同じ腹の兄弟達が崩れるようにみんな一緒に階段を下りると簀の子にいた全員も下に降りる。正頼。兄弟達、正頼の子息や婿君たちみんな並んで、お祝いの舞を舞う。仲忠に拝舞されるけれども、

「恐縮でございます」

 と、答礼をしないで子供を懐にして突っ立っていた。

 こうしていると、内裏より正頼の三男祐純が、帝のお使いで消息文を持参する。

「無事ご安産で、目出度く有り難いことが次々と起こるのが、この上なく嬉しく思います。こういうときは慣例として朝臣を昇級させるのだが、今のところ欠員がないので、叶わない」

 と言うような消息があり。お産で汚れているので、帝のお言葉に対する慣例の作法はしない。

 しかし勅使が来られたのであるから仲忠が、下に降りて拝舞をする。返書を書き使者に渡す。

 また内裏から使者として蔵人式部丞清純(正頼の九男)が右大将兼雅の北方内侍督の許へ帝からの文を渡した。

「頼み甲斐がない人と思われたくないのに、心ならずもご無沙汰してしまいました。大変に珍しいご対面に、わずかにひかれた琴の音も忘れがたく思いましたので、時々参内せよと申し上げて内侍督にしましたのに、夫君はよく貴女の参内を押さえたものだと思います。

 私の所でこうあればよいがと思ったことが、貴女の所では色々と有るのが大変羨ましい。女一の宮のことも心配になるが、そうしてお世話をなさるので、娘も苦しみを忘れたろうと力強く思っています。

 私の出歩きが容易で、すぐにでも貴女のお側に行かれるのだったらと思う 

 宮廷の方には参内なさらないようだから」

 とあった。内侍督は読んだ上で返書、

「お文、畏まって拝読いたしました。女一の宮の傍におりますことは、仲忠が、滅多にないことに逢いまして、私を頼りにしているようで御座いますので、数にも足りない役立たずではありますが、雑役を一緒にと思いまして、という訳で御座います。

 『色々と有る』というのは何のことで御座います。私も孫を持つようになりまして、参内いたしませんのは、こういう里住みでも不慣れな気持ちが致します。 

 晴れがましい大内に参上いたしますことは、気後れが致しますので、誠にもったいない仰せ言を返す返す深く御礼申し上げます」

 と、書いた。お使いには禄なし、忌み事としてのお産であるから。


 そうして生まれた子供に乳を飲ませるときが来た。父親の仲忠が懐に抱いたままで乳を飲ませる。生まれた子供に最初に乳を飲ませる「御乳づけ」は、正頼の四男連純左衛門佐の北方で、几帳の傍に控えているので、仁寿殿女御が子供を抱えて襁褓にくるんで北方に渡す。乳を飲ます。

 乳母も決められた。一人は民部大輔の娘、もう二人五位の人の娘達。初産湯の時間にもなったのでその儀式、関係する者全員が生絹糸織の練らかい絹の白の襲、斜線模様の織物を使用している。

 初産湯は、春宮の初産湯を担当した内侍典(ないじのすけ)、白い斜め模様の生絹(すずし)に単襲(ひとえがさね)の袿を上に来て、綾織りの湯巻きを浴槽の底に敷いて迎え湯は内侍督で白の綾織りの袿を一襲。同じような裳一襲腰巻きで結び込む。

 仲忠は白い綾織りの袿を一襲白の直衣指貫姿で
弓を空うちして悪魔が寄りつかないようにしている。正頼の子供達も弓の空うち(鳴弦)をなさる。

 そうして、仁寿殿女御が子供を抱いて差し出すと内侍督が受け取って抱いて、内侍典に渡す。そこで赤子にお湯浴びをさせる。

 内侍督は膝突いておられ、迎え湯を掛ける。内侍督の髪は裳より少し短くて、鮮やかに白い衣に隙間無くかかっている。撚れて裳に絡まっていて艶である。髪の具合は言うことなし。その姿は二十過ぎとしか見えないので仲忠の母親とは思えない二歳違いの姉と弟に見えた。

 典侍は生まれたばかりの赤子に初産湯をしながら
「昔から長年君達がお生まれになったときにお仕え申し上げていますが、この赤さんより大きくて「かに」と言うものを身体に付けておられない方はいらっしゃいません。二月ぐらい湯浴みした後のようで御座います」

 中納言仲忠は
「私が附いていていつも懐に入れていたから『かにばば』の汚れが付いていないのでしょう」

「典侍(すけ)がお附き申し上げていますから、大切にお扱いいたします。たとえ親でいらっしゃいましょうとも、ここからお離れ下さいませ。御子は女性でいらっしゃいますから」

「いや、なに、そこの所をうまく取り繕ってくれと頼もうと思ってね」

 さて湯殿の儀がおわると、祖母の仁寿殿女御が抱きたいと思うが、父の正頼大臣が傍にいて、内侍督が抱かれて几帳を巡らせた中に入り、赤子犬宮を一の宮の傍らに臥せられた。仲忠が、一の宮の几帳の中に入っていったので、母親の内侍督が、

「これ、このようなときに、みんなが見ているでしょう、お産の時に女の側に来るとは」

「何も遠慮することはないでしょう。こういう宮仕えをする者には、出入りをお許しになるでしょう」

 と、仲忠は一向に止めようとはしないので、仁寿殿女御は仲忠に分からないように外へいざり出られた。仲忠は、

「久しく供寝をしていないので、気持ちが落ち着きません、お産も済んだので、貴女の傍に休ませてください」

 と言って、宮の傍に横になった。母親は、
「まあ嫌なこと、正気の沙汰ではありませんよ。静かにしていなさい」

 といって、外に出て行ったので中納言仲忠は上掛けを引き寄せて、
「こういう子供をまた欲しいな、今度は男の子がいい、この仲忠のような」

 と、宮に言うので、
「冗談言わないでください、子供を産むなんて、とても恐ろしいことで御座いましたよ」
 と、言おうとしたが黙っていた。

 こうして、各種のしきたり事を湯殿の儀で終わりとして、誕生初日が終わった。

 一の宮の休む御帳台の西方の母屋に座を造って正頼の北方大宮、一の宮の妹たち大勢がおられる。西の廂に仲忠の母内侍督の控え室と準備をしたところに、夫の兼雅がおいでになる。内侍督の許に女房が十人、童が四人、下仕え四人が控えている。