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私の読む「宇津保物語」 蔵開きーue -

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 と、内侍督と同じく一の宮のお休みの几帳の中に入られて、仲忠の母親と仁寿殿二人だけで一の宮の世話をする。一の宮は痛みはそう無いのであるが不安感はあった。

 右大将兼雅も来られて、正頼、その子供達も簀の子に弓の弦を鳴らして寄ってくる悪霊が取り憑かない予防である。

 廂の外側の格子の内側に女一の宮の兄弟が揃っておられる、几帳の前で仲忠が弓の弦を鳴らしている。代理からはひっきりなしに使いが来ては帰る。藤壺あて宮からも使者が来る、正頼の殿中には、正頼の婿達が集まって来るのではないかと、産屋のある中門に鎖をさして開かないようにした。

 このようにしてみんなが心配していると、一の宮は寅の刻に出産されて、赤子の声が高々と響き渡った。

 仲忠は驚いて、几帳の帷子を開けて、
「どうしたどうした」

 と声をかけたので、内侍督が
「仲忠、はしたないことをするでない」

 と、言って仁寿殿の陰に隠れると、仲忠は、

「今夜は気が動転して何も見えません」

 というが、仁寿殿女御が一の宮の世話で騒いでおられるのを見ると、妻の一の宮は母親の仁寿殿に寄りかかっているように見えた。

 母の仁寿殿は白い綾の装束で、耳に髪を挟んで甲斐甲斐しく世話をしておられる。仲忠母の内侍督も忙しく手伝ておられ、二方もその様子がとても落ち着いて頼もしく振る舞っておいでになるのを見ると、気高く愛らしいところがあって、母も棄てた者ではないと仲忠は見ていた

 仲忠は
「まだお腹に何か残っているな」

 と見ている内に、後産も簡単に無事終わった。仲忠が、
「何か、何か(男か女か)」

 と、言うと、内侍督、
「闇でもはっきり分かりますよ」

 と、答えると、仲忠は生まれた子供は女の子だと推量して、万歳楽を何回も何回も舞い回った。

 正頼の三の皇子が
「中納言殿が高麗舞をなさったからでしょう」

 右大将兼雅
「いまのは味気なかったぞ」

 正頼は時を移さずに笑うので皆が一斉に笑う。
一座の者全員が気分良いようである。正頼が側に来て笑いながら立っている。正頼は、

「万歳楽は舞果てるのが良くて、途中で止めては駄目でであろう」

 と、言われたので、仲忠は立ち上がって、これ以上出来ないと言うぐらい綺麗な舞を見せた。

 正頼は鶴の浮き紋のある直衣を仲忠に被物として与えられると、仲忠はそれを肩に被(かづ)けてさらに舞を舞う。内侍督が生まれた赤子の臍の緒を切ると、

「誰か来てくれ、誰でもすることだけは致しましょう。なんと蝸牛のような無様な物ですね臍の緒は」

 と、言われる。仲忠膝ま突いて、
「何がお入り用なのですか」

 仲忠母内侍督は
「下の物を一つ下さい」

 と、言うので、指貫を脱いで仲忠が差し上げると、

「いいえ、もう一つ下さい」

 と言われたので、仲忠は指貫の下に穿いていた白い表の袴を脱いで母に差し上げて、

「長生きするように」

 と、衣桁掛けのの側に仲忠は近づいて入って行くと、指貫も表袴も着ていない仲忠を見て女房達が笑う。仲忠も

「物いちじるき夜もや」

孫王女房、
「立ち居が楽になられましたね」

 と、言うほどに、内侍督は生まれたばかりの赤子を、綺麗に身体を拭いて、臍の緒を切り仲忠の袴に刳るんで、しっかりと抱きかかえる。

 仲忠は一の宮の御帳の側に膝ま突いて、
「先ず私に抱かせてください」

 と言うと内侍督は、
「まあ。分からないことを言われる。どうして生まれたばかりの赤子が外に出られましょう」

 仲忠そのことに気がついて、几帳の帷子を被って半身を入れて、帳台の土居(基礎の台)のところで我が児を抱き見ると、赤子は大変に大きくて、頸は「いぬき(犬の子のように可愛らしい)」ほどにしっかりしていて、玉が光るように輝いて、大変に美しい。

「こんなに赤子は大きいのか。出産に宮は苦労されたであろう」

 と、思いやって、子供を懐に入れた。右大臣正頼が
「どれどれ」
 と言い寄ってこられるので、仲忠は、

「今はまだお見せできません」

 と言って赤子を右大臣に見せない。正頼は曾祖父。

「やれやれ、今からもうお見せにならないのですか」
 と、言って正頼は笑う。

 中納言仲忠、
「あの『りゅうかく風」琴は、母上から頂いて犬のお守りに致しましょう」

 母上の内侍督は大きく笑って、
「すぐにでもこの児が弾くように仰ること。それにしても今の時にもう少しましなことが言えないのかね」

「ありきたりのことを言ってもつまらないでしょう。その琴の音色は、天人が天を飛んでお聞きになるから。生まれた児の傍に置いておきたいので申し上げたのです」

 内侍督は内侍典を使いとして
「仲忠が自分の琴をここに欲しいと言ってますから、あげましょう」

 と兼雅に言って、急いで三条殿に琴を取りにやらせた。三の宮がそれを受け取って仲忠に渡す。琴は唐の刺繍のある袋に入っていた。

 仲忠は懐に子供を入れたままで、琴を袋から出して、

「長年この曲をどのようにしようかと思っていたが、よい跡継ぎが現れた。後々は分からないが、ともかく譲る相手が出来た」

 と、「ほうしょう」と言う曲を華やかに弾き始めた。

 仲忠の弾く手法は派手で賑やかで、それに見事な勢いがあり、聞く者がしんみりと引き入れられる。その音は多くの楽器と合奏であるような大きな音量で、近くより遠くに響いて綺麗に聴こえる。

 夫人達、上達部、皇子達、

「それそれ、お聴きなさい、きっと何か良いことがあったのでしょう。そういうことがあると思っていました。私たちは気が付かなくてだらしなかったのですね」

 と、誰かは沓もお穿きにならず、ある人は、着物もちゃんと着ず、慌ててあちらこちらから現れて、一の宮の産屋がある中の殿の東の簀の子に集まって来る。中納言涼は、寝ようと横になった寝耳に聴いて、びっくりして、冠に髻(もとどり)を刺すのも曲がって、指貫も直衣もぶら下げたまま、はだかったままの着方で現れた。

 集まった者たちは涼のその姿を笑う。涼は、
「お産のことを仲忠も他の誰も言ってくれない、静かにして、この姿仲忠に見られるから」

 と、みんなに手で示して、石畳のところで直衣や指貫をきちんと改めて着直した。

 涼の随身達は門の傍におり、他の供の者は土塀の内側に立っている。

 仲忠は自分にふさわしい曲を思い切って高い音で弾くと、風が吹いて、空の模様が怪しくなってきたので、

「いつもの手で弾けない、天気が変わっては面倒だ」

 と思って琴を弾く手を止めて、母親の内侍督に、

「今古楽を一曲弾こうと思いましたが、天気がおかしくなってきましたので弾くのを止めました。『りゅうかく風』で一曲弾いていただいて、鬼神に聴かせてあげてください」

 と、申し上げると母は、
「こういう時に、私が曲を弾くのは大人気無いことです」

「私のためにはこれ以上の機会はないでしょう」

 と言うと、内侍督は御帳から床に降りられて、
「りゅうかく風」を取り上げて、一曲だけ弾く。