私の読む 「宇津保物語」 田鶴の群鳥
この絵は南の大殿をきれいに片付けて幄(あげばり)巡らせた。
この段取りは祐純の宰相中将。被物を大きな箱に入れて入ってこられた。
この画面は、一の宮北方と仲忠が話をしている。申し分なく清らかな姿である。
一の宮と同じ腹の親王の四人が直衣をお召しになっていらっしゃる。
宰相女房に左大辨師純が対面している。右近の君女房をして帳の中にお入りになる。
上達部がみんな揃っている。左右大臣見合わせて階段を上る。
大納言忠俊・中納言仲忠・涼・宰相師純までが昇殿する。
辨・少納言・外記はいつもの通り。
各人の前におごそかで重々しい物が置かれる。下司のいる幄(幄屋(あくのや)神事または朝廷の儀式などの際、参列者を入れるために庭上に設ける仮屋。四隅と中央に柱を立
てて幕を張り、屋上にも棟を作って布を張る)の前に、食器を載せ、または綿などを積む台の中取りの上に、東絹や上等の絹を積んで、その下に控えている。
仁寿殿腹の子供達三の親王、四五六の親王若宮に、中納言仲忠は正装して対面する、仲忠が一の宮の弟たちと対面した。三の親王はあて宮に懸想をした人物である。
仲忠と親王が碁を打っている。
四の親王は箏の琴の調子を合わせて一の宮に差し出すと、
「箏の琴の演奏は忘れてしまいました」
宮の前に琴が置いてある、
こうして正頼夫婦は帝の命令で、仲忠・涼を婿とし、その儀式と祝宴を果たしたので、この後は私的な行事をする。
装束は帝の前に正式に報告したときと変わらぬ立派な物を用意して、
その他のこともそこらには劣らない人を召して、大宮は正頼に、
「婿君達が満足しないようですが、いかがいたしましょう」
正頼
「あの真剣に懸想をした人たちは、
『あて宮が聞いて何を思うだろう。婿になることを結構だなどとは言うまい』
と、思って迷っているのだろう。この二人は承諾しそうには見えなかったが、今はそうでもないようですから、心配なさらないで下さい、消息文を書かせましょう。源宰相実忠には特に忘れずに消息させましょう」
と、兵部卿宮への使いは兵衛佐顕純(正頼の五郎)、右大将兼雅には宰相中将祐純、平中納言に兵部大輔兼純(正頼六郎)、源宰相実忠に左衛門佐連純(正頼四郎)と送った。
消息文は兼雅宛に、
「婿君達を数人ご招待申し上げることがありまして、貴方様にも同様に申し上げるので御座いますが、ご承諾いただけますでしょうか」
実忠には正頼北方の大宮が同様なことを書かれる
「あまり長引いて心許ないくらいになりましたから、申し上げにくいのですが、それでも正頼がお伝えするようにと申しますので。
先頃あて宮に貴方が言葉をおかけになったことがありましたのをご承諾申し上げないうちに、あて宮は私の側に置いて私の世話をさせようと存じておりましたところ、東宮から入内させよと仰せがあり参内いたしましたが、あて宮と同様に不束な娘がおりますのを、いかがいたしますかお伺い申せ。
と、いうことで、あなた様に差し上げましたが」
という文に実忠は読んで、涙をこぼして、しばらく呆然としていた。
左衛門佐連純は事情を詳しく実忠に話す。実忠はとかく躊躇して
「今は、自分も世間も必要としない身体になってしまい。宮中へも参上せず、訪ねる人もないので外を歩くこともないから、いろいろな方々とお会いするのも難しい。
世の中を心許なく思っていますのに、このように左衛門殿とお話が出来て、正頼殿の消息もお聞きして本当に懐かしゅう御座います。
私は前世にどういう宿縁があったのでしょう、あて宮に思いを寄せてしまって生涯連れ添ってもまたとない良妻だと思った人や、かわいい子供がどうなってしまったか、気にせず、気持ちが落ち着くこともなく、あて宮を恋い慕っているうちに宮は入内してしまって、世に生きるのもこれで終わりと思って、どうしてよいか分からなくなり、このような山里に籠もってしまいました。
年老いた父母の顔も全く見ることもなく、世間の事情も他人ごとのように見ていて、そちらに、ご結婚やご昇進のこと聞き及んでもお喜びの言葉も申さず、今日明日にでも出家しようと考えておりましたところへ、まことにご丁重なお言葉を戴きまして、恐縮申し上げております。
さて、実忠は今となっては不用の者で御座います。あて宮が私のことをお聞きになって、可哀相だ、とも仰って頂けないのは本当に辛う御座います」
と言うなりうち伏して身体を震わせて泣き叫ぶ。それでも、大宮へのご返事を書かれる。
誠に私こそ心許ないくらい疎遠になりまし たのをお詫び申し上げなければなりませんの に、却って大変に有り難いお言葉を戴き、恐 れ入りました。
この数年来どうしたことで御座いましょう
この世に生きようとは思いませんのに、不思 議と今まで生きながらえていましたが、この 上生きたいとも思いませんので、お目をかけ ていただきましても甲斐ががないことを、繰 り返しお詫び申し上げます。
さてそこで、
きえかへりそめこし物をおなじ野の
花におくとも何かみゆべき
(死ぬほどにあて宮を恋い焦がれてきたのに、たとえ妹君でも夫としてまみえることは出来ません)
畏れ多いことです、あて宮にお会いする前 でありましたら妹君と結婚をする気持ちはあ ったでしょう
と、文を書き、連純と何回も杯を交わして語り合い、綾掻練の袿、赤色の女装束一具を、被物として差し上げた。そして、
君ならで誰にか見せんくれなゐの
我そめわたる袖の色をば
(私の染めた紅の袖をあなたでなくて何方にお見せしましょう、恥ずかしくて、貴方だからこそお渡しするのです)
と歌を詠って書き付け、添えて左衛門佐に渡す。衛門佐は、
薄く濃く染むべき色をいかでかは
人の思ひのしるべともせむ
(紅の色は薄くも濃くも染められるから、どうしてそれを愛情の深さ浅さを知る手だてにいたしましょう)
と、詠い連純は実忠の許を去った。
絵解
この画は。実忠が寡男(やもめ)で、男の童を使用人として暮らしている。
音羽川を借景に取り入れた感じのいい庭。山が傍まで迫っていて、木の葉が時雨れに色づいて、草花が満開で楽しい眺めを見つめて実忠がいる。
左衛門佐連純が花の枝に文をつけて、実忠に差し上げる。文を広げて読んで実忠考えている。
話をして実忠は連純に被物をする。
このようにして、送り出した正頼の息子の使者達は帰ってきた。全員が女の衣装の被物を肩にかけていた。
返事は、兵部卿の宮よりは、
年来、あて宮の入内の嘆きから思い立ちま して、隠遁してしまいたいと考えていました が、このように婿にというお言葉をいただき、 有り難さに、心も静まりましたから、お受け 申し上げます。
という文であった。
平中納言からは、
あて宮に申し上げたことが何の役にも立た なかったときより、心の中が混乱しまして当 惑し悲嘆し、結婚しようという気持ちはどこ かに失せてしまいました。
その私にこうまで親切に仰って下さいまし て何とも有り難く、返す返す御礼申し上げま す。
と、返事される。
作品名:私の読む 「宇津保物語」 田鶴の群鳥 作家名:陽高慈雨