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かざぐるま
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novelistID. 45528
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kyoko

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 だが、こんな言い方は彼らのような人種には非常にカンに触るようだ。
「だから誰やおまえ。ひょっとしてお嬢さんの彼氏か?」
「ち、違います」
 腹がズキンと痛んだ。同時に胸の奥にも何か違う痛みが走った。
「じゃあ、すっこんでろ! 警察? 今頃うちのチンピラが代わりに出頭しとるわ。……もうええ、辰! こいつを黙らせろ」
 顔ににやにや笑いを張りつかせながら、先ほど僕を殴った男が近づいて来た。反射的に僕も構えたが、それは周りから見たらさぞ滑稽な姿だっただろう。だってまるでライオンとやせ細ったシマウマの戦いのようなものなのだから。
「分かったわ! 一緒に行くわよ。だからその人には手を出さないで」
 殴られる寸前、杏子さんが叫ぶ。その声を聞いた暴力マシーンはピタリと動きを止めた。
「兄ちゃん、運が良かったな。でもな、さっき『お嬢さんの彼氏だ』って言ったのなら、もっとひどいことになってたで。その場合はそのままさらって明日の朝には大阪湾の海の底や。婚約者の大庭さんが絶対に許さへんからな」
(大庭?)
 この名前を心に刻んだ。そして、『杏子さんを守る!』と誓ったにもかかわらず。自分の無力さに自然と涙がこんこんとあふれてきた。
「じゃあ行きまひょか。おう、おまえらお嬢さんの身の周りを丁重に警護せい。もし、また逃がしたらおまえらの命がいくらあっても足らんど」
 威勢のいい男たちの返事と共に、杏子さんは男たちに守られながら部屋を出て行った。出て行く瞬間、杏子さんは悲しい顔でこちらを振り返り何かを言う為に口を開く。その唇の形から「ごめんね」と言っているように見えた。
 そして僕はこの時――ただその後ろ姿を見つめていることしかできなかった。

 杏子さんが連れ去られてから一週間が経った。刺された店長は何とか命を取り留めたが、もう水商売から足を洗うつもりらしい。あの夜、理絵ちゃんが目を真っ赤に腫らしながら入って来てこう言った。
「ごめんなさい。私怖くてどうすることもできなかったの。本当にごめんなさい」
 鍵をヤツらに渡した事に対して、悔やみきれない表情が浮かんでいた。だが、もし理絵ちゃんでなくてもあの状況じゃ一般人はどうすることもできなかっただろう。
「理絵ちゃん……。僕ね、考えたんだ」
 強く掴まれたのか、赤くあざになっている細い手首を見つめながら切り出した。
「うん」
「杏子さんを取り返すよ。例え何年かかっても」
「でも、相手は暴力団よ? あなたがどんなに頑張っても手が届かないわ」
「今は無理だね。けど方法はあると思う。ねえ、あいつらの根幹となっているものってなんだと思う?」
「やっぱりお金かしら」
「それもある。お金の無い親分には誰もついてはこないだろう。あとは悪い意味での『チカラ』を牛耳っているところかな。それが数の暴力の根源となっていると思う」
 ティッシュで鼻血を拭きとりながら椅子にもたれる。
「俊介さん、ひとつ聞きたいんだけど」
 体育座りを解き、少しだけ僕に近づく。マスカラが取れて黒い涙の跡がついているが、見上げるように僕を見つめる彼女は変わらず可愛かった。
「なに?」
「どうしてそこまでして杏子さんを取り返したいの? あなたにとってただの同居人でしょ?」
「彼女の事を好きになっちゃったから……じゃダメかな?」
 この時、僕は凄く真剣な眼をしていたと思う。
「いいと、思うよ」
 うすうす感づいていたのだろうか、理絵ちゃんはうんうんと頷きながらここで初めてにっこりと笑った。
「そうね、私にとっても杏子さんは大切な友達なんだ。プライドばかり高くて店でいつも一人ぼっちだった私にあの人が声を掛けてくれなかったら、今の私は無いわ。杏子さんが私を変えてくれた。だから、何か出来ることがあったら協力させて」
「ありがとう。その時になったらまた声をかけるよ。でも、とりあえず今は一人で動きたいんだ」
「うん、分かった」
 恐怖から解放されたのか、しばらくすると理絵ちゃんはソファでうとうとしだした。時々寝苦しそうに唸っているのは、悪い夢でも見ているのか、それともミケが腹の上で眠りこけているせいなのかは分からない。僕は毛布をそっと彼女に掛けると自分の部屋に行き、携帯を取り出し一本の電話を掛けた。
作品名:kyoko 作家名:かざぐるま