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かざぐるま
かざぐるま
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kyoko

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『決意の夜』

 同じ頃、『蘭』の店内は駆けつけた救急隊員や警察官でごったがえしていた。店長の牧村の顔には一見あざがある以外は無傷に見えたが、その腹には深々と匕首が刺さっていた。その様子は現実離れしてコミカルな印象さえ受けたが、油汗が浮かんだ苦痛の表情が深刻な事態を物語っている。店の女の子たちはというと、逃げ遅れた者たちはてんでに机の下に蹲って震えていた。
「それで、刺された男は話せるのか?」
 ベテラン刑事の風貌をした、組織犯罪対策第四課の匂坂が救急隊員に言葉を掛ける。ガタイは余り良くないが、その高い身長と風貌から見る者に威圧感を感じさせる。
「いえ、今は無理です。背骨近くまで刃が貫通していますので危険な状態です」
「そうか。おーい、君たちは現場を目撃した女の子を探してくれ」
 部下に野太い声で命令すると、匂坂は近くのソファにどすんと腰を下ろした。やがて部下がひとりの女の子を連れて来る。
「もう大丈夫だ。で、君は何を見たんだい?」
「あの……。八時ごろ、黒いスーツを着た男たちが数人お店に入って来ました。最初は大人しく飲んでいましたが、店長が店にいると分かると一斉に立ち上がって店長室に強引に入っていきました」
 うつむき加減にその女の子は話を続ける。
「そして部屋の中でしばらく何かモメている声がしてたかと思うと、急に静かになったんです」
「ほう、静かになってからどうした?」
「中には店長と、この店のナンバーツーの子がいたんですが、しばらくしてその子の首に手を回して引きずったまま男たちが部屋から出てきたんです」
「じゃあ、その時に既に店長は刺されていたってことか」
「だと思います。その子、本名は理絵さんって言うんですが、そのまま店の外に連れて行かれました。その時男の一人が関西弁で『お前が案内せい』とどやしつけていたのを覚えています」
「案内だって? 分かった、ありがとう。悪いがちょっと着いて来てくれ」
 素早い身のこなしで席を立つと、匂坂は店長室に急いだ。店長室の机の上には履歴書らしき書類が散らばり、その一部には血しぶきが扇状に飛んでいる。
「なあ君、この店には正確に何人の女の子が在籍していたのか分かるか?」
「はい。あたしは給料計算も少しまかされていたので、たぶん分かると思います」
「では、急いでこの中の履歴書から無くなっている物を探してくれ。店を辞めた子は除外するように」
 血の付いた履歴書をこわごわ指でつまむようにしながらも、その女の子は協力を惜しまなかった。
「――杏子さんのが無いわ。間違いないです」
「その娘の住所は?」
「こないだアパートが全焼して最近引っ越したと聞いていますが、店に変更届けを出しているかどうか。……あっ、そうだ! 連れ去られた娘が杏子さんと住んでいます。なるほど、だから彼女を連れ去ったのね」
「アパートが全焼? 確か最近そんな事があったな。ところで、君は彼女たちの住所を知らないか? もしくは電話番号を」
「池袋の方としか聞いてませんけど、理絵さんの電話番号なら分かります」
「掛けてみてくれ」
 携帯を渡された匂坂はしばらく呼び出し音に耳を傾けていたが、相手は出なかった。すぐにリダイヤルを押した瞬間、彼の眉間に深い皺が走った。
「くそ、電源を切られた! 俺はもしかしたらとんでもない失敗をやらかしたかもしれないぞ。なあ君。彼女からもし折り返し電話があったら、この名刺に電話してくれ!」
 名刺を彼女に渡すと、匂坂はコートの裾を翻しながらその場から急いで立ち去って行った。

「いや、離してよ!」
 黒塗りの車の後部座席で男たちに両側を挟まれながら、理絵はもがき大声で叫んだ。車の後方には同じような高級車が二台続いている。
「まあ着くまではその口を閉じてろよ、お嬢ちゃん。鍵さえ開けてくれたらその場で解放したるわ。わしらが用があるのは杏子さんお嬢さんだけや」
 この男たちの中で一番偉そうな感じの男が、「ピィィン」とライターを弾いて煙草に火を点けながらニヤリと笑った。彼は恐怖のこもった眼差しの部下たちから『金城さん』と呼ばれていた。
「あんたたち店長にあんな事して平気なの? 今ごろ警察が、あ!」
 最後まで言わさずに、その男は理絵の白い首筋に吸っていた煙草を無造作に押し付けた。
「く、ち、を、閉じてろ言うたやろ? わしは同じことを二度言うのは嫌いなんや」
 車の中に皮膚の焼けた嫌な匂いが漂う。あまりの激痛に理絵の目と口は大きく開いたが、怯えた表情で固まった彼女の喉からは悲鳴は出て来なかった。
「おう、そのマンションや。車を停めたら一気に行くで」 
 冬のぴんと張りつめた空気が車内に滑り込んで来る。屈強な男たちがバラバラと車から飛び出し、理絵は金城に腕を掴まれエレベーターに乗せられた。携帯電話を窓の外に放り投げられた理絵は、危険を杏子さんに知らせる術はもう無い。
(杏子さん……ごめんね)
 心の中で謝りながら、震える手で鍵を回す。そして――その理絵を突き飛ばした瞬間、男たちが部屋になだれ込んだ。

 携帯メールをみた瞬間に、僕は『ある決意』をした。もう遅いかもしれないが、一刻も早くここから逃げなければならない。そして目の前の杏子さんを何としても守らなければいけないと。この時、僕はもう彼女に心を奪われていたのかもしれない。
「必要なものだけ持ってここを早く出るんだ!」
 その言葉に弾かれたように彼女は自分の部屋に戻ると、コートと預金通帳を手に戻って来た。僕も上着を手早く着て、大事なもの……そうミケを腕に抱えて玄関に走った。
 カチャ!
 どうやら少し遅かったようだ。何もしていないのに目の前でゆっくりと鍵が回る。そして乱暴にドアが開き、「探せ!」という声と共に大柄な男たちが玄関に次々に飛び込んできた。
「ちょっと、何なんですか?」
 止められるワケがないのに、ミケを放しつつ僕は廊下に立ちふさがった。正直怖い。人相が悪い人たちが続々と僕に近づいて来る。
「なんじゃおまえは。ケガしたくなかったら隅っこで震えとれ!」
 ボクサー崩れのような大男が拳を構えたあと、ためらいもなく僕の腹にきつい一発を入れる。瞬間、息ができなくなり床にうずくまったが、背中を飛び越えて男たちが居間に進んで行く。ついでに顔をしたたかに蹴られて鼻血が吹きだした。
「お嬢さん、金城です。お迎えに上がりました」
 一番偉そうな男がゆっくりと後から部屋に入って来て、杏子さんの前に立ちふさがった。だが、意外な事に彼女は堂々としていた。むしろ怒りで顔を真っ赤にしているようだ。
「金城。私、帰らないわよ」
 今まで僕が見た事が無いような、凄みのある眼で金城を睨む。
「親分の命令です。『首に縄をつけても引っ張ってこい』と」
 この緊迫した雰囲気の中ふと目をやると、ミケはさっさと猫タワーに避難して上からこのやりとりを見つめていた。顔は血まみれだが少し身体が動くようになった僕は、男たちをかき分けて杏子さんと金城の間に割って入る。
「事情はよく知りませんが、こんな乱暴な方法は許されないでしょう? 彼女も嫌がっていますし、今日は帰って下さい。出て行かないと警察を呼びますよ?」
作品名:kyoko 作家名:かざぐるま