kyoko
「うん。その中の何人かにこの計画を手伝ってもらうように説得する。彼らに生きる目的を与えたいんだ。偉そうな事を言ってるように聞こえるかもしれないけど、どうせ死ぬつもりだったらさ、悪を潰す手伝いをするってのは彼らにとって何かワクワクする目標の一つになるんじゃないだろうかと」
この時の僕はきっと救世主様にでもなったつもりでいたに違いない。物事は自分の考えているように進むと信じて疑っていなかった。
「まあ……人によるとは思うけど。もちろん給料は払うのよね?」
「うん、充分過ぎる程払うつもりだ。そのために彼らに寮も用意する。実は明日何人かと会う約束を取り付けてある。中には北海道から来るって人もいるんだぞ」
「ふうん、面接かあ。ねえねえ、それ私も行ってもいいかな?」
「もちろん。だって僕たちはチームだし。あの兄貴も来たがってたけど、今海外だからたぶん間に合わないだろうな」
「ありがと。チームっていい言葉ね」
僕の差し出した拳に答えるかのように理絵ちゃんの拳がこつんとぶつかって来た。
次の日は朝から大忙しだった。これから五人との面接を一日で行わなければいけないからだ。
僕は今まで借りていたバーチャルオフィス(電話対応サービスを含む、住所や電話番号の貸与や郵便物転送などに利用するオフィス)の他に新宿に小さなレンタルオフィスを借りていた。
午前九時になり、まず最初の人がやって来た。ドアをくぐって彼が現れた時の印象は(影が薄い人だなあ)であった。シンプルな部屋の中は、僕たちの前の机を挟んで椅子がぽつんと一脚だけ置かれている。
「それでは面接を始めます。そこにかけて下さい。まず、お名前と自己紹介を――なんて事は言いません。聞きたいことはひとつだけです」
椅子におどおどとした様子で座った村田和男と言う二十歳の青年は、疑うような眼差しを僕に向ける。
「なんでしょうか?」
「あなたは、悪と戦いたいと思いますか?」
この言葉がまるで復活の呪文だったかように、いきなり彼のスイッチが入った。椅子を倒しながら勢いよく立ち上がると、感情のこもったはっきりとした言葉が間断なく飛び出す。
「もちろんです! 僕は今までずっといじめられてきました。そのせいでこの目も失ってしまったんです! 自殺する前に僕にこんなことをしたヤツらに仕返しをしたい、いや殺してやりたいっていつも思ってました」
片目を隠していた前髪を唐突にかきあげ、黒縁のメガネを外す。義眼というものだろうか、表情の無い右目がじっと僕を睨み付けているように見える。
「なるほど。思ってましたって過去形だけど、今もそう思っているのかな?」
隣に座っている理絵ちゃんは悲しそうな眼差しで口を一直線に結び、顔を真っ赤にしている村田くんをじっと見つめていた。
「いえ……。あなたに声を掛けられてからずっと悩みました。そして、今の質問を聞いた瞬間に気づいたんです。毎日殴って来た彼らの眼を例え潰したとしても、僕の眼は治らないんだって。では何をすればいいか。いじめは結局は悪意です。人間の悪意を少しでも無くして行きたいって」
垢ぬけないチェックのシャツをズボンに丁寧に仕舞いながら、椅子をのろのろと元に戻し、ぽすんと座り直した。
「じゃあ、合格だ。この子が寮まで案内するから、荷物を持って今日からそこに住んでくれ」
「え」
「えええ? 俊介さん、もう終わりなの?」
驚いた顔の二人を見つめながら、僕は次のように口を開いた。
「良い答えじゃん。彼にとってはいじめという形だったけど、間違いなくそれは『悪』だ。一人の人間を集団で貶めるってことは、僕がされた事と何か似ていない?」
「そ、それはそうだけど……。もうちょっと時間をかけてさあ」
「大丈夫、僕を信じて。一時間後には次の面接者が来るから、案内したら急いで戻って来てね」
少し不満顔の理絵ちゃんだったが、口をぽかんと開けている村田くんを連れてオフィスを出て行った。あの二人のツーショットは、後ろから見てもあり得ない程ちぐはぐなカップルに見えた。
「あと、四人かあ。今日は長い一日になりそうだな」
次の面接者は東大卒の才女だった。縁なしのメガネをかけた面長の美人である。何故こんな頭のいい女性が自殺をしようと思ったのか。
これからの事に対して期待と不安を抱きつつも、僕は彼女の詳細なデータをパソコンから呼び出していった。
少しすると理絵ちゃんも戻り、吉永冴子というインテリ女性の面接が始まる。
「まず、あなたは何故自殺しようと思ったのですか?」
痩せすぎてエンピツのような体型の彼女に、僕は優しい声で問いかける。意を決したように眼鏡を人差し指でずり上げてから、やっと聞き取れるような小さな声で冴子が話し出す。
「はい。小、中、高と勉強一筋で最高クラスの大学を卒業したまでは良かったのですが、二週間前のあの日に全てが変わりました」
「ほう。その日に一体何が?」
「上司の男の人に騙されたんです。二十歳も年上の彼が『私の全てが好きだ』って言ってたのは嘘だったんです。私に近づいた理由は、横領の責任をなすりつけるためだったって気づいた時にはもう遅かった。このままだと、二カ月後の監査で全てが明るみに出てしまいます。もちろん、彼に繋がる証拠は巧妙に隠されて何もありません。不倫関係だった私も悪いんですが、今まで男の人と付き合ったことの無い私は、彼にとって絶好のカモだったんですね」
「なるほど。それで君は自殺を考えたと」
「いえ、その前にやる事がひとつだけありました。実は、あなたから連絡を貰う前の日……。彼のマンションに行き包丁で彼の腹を刺してしまいました」
「ええ!?」
僕と理絵ちゃんは思わずのけぞった。果たして、この細い腕でそんなことが出来るものなのだろうか。
「つまり、君は逃亡中の身ってこと?」
「ええ。ぐったりとした彼の身体をバスルームに運んでから、部屋に鍵を掛けて出て行きました。その後、私も死のうかなって」
「理絵ちゃん。悪いけど、その頃の新聞を探してくれないか?」
持って来た新聞の事件蘭を隈なく探す。だが、そのような事件はどこにも見当たらない。
「ちょっといい? 俊介さん」
耳元でささやかれ二人とも席を外す。冴子はそのまま長い髪を垂らして顔を覆い、うなだれていた。
「あの人ひょっとして虚言癖があるのかもしれないわよ。刺したのも嘘、自殺するって言うのも嘘。そんな友達が私にもいたわ。だって刺された彼が出社してこなかったら普通は大騒ぎになってるはずじゃない? だから今回は見送った方がいいと思う」
「虚言癖か……。だけど、もし本当だったとしたら?」
「本当だった方がヤバいでしょ!」
「そうだな。だが、なかなか面白い子だよ」
「面白い? どこがよ」
僕は黙って理絵ちゃんの肩を軽く叩くと、さっさと席に戻った。
「あの、一つだけ聞きたいんですが、あなたは悪と戦いたいと思いますか?」
「ちょ、ちょっと俊介さん! 何言ってるのよ。もう面接は終わりでしょ。彼女は犯罪者の可能性があるんだから」