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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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kyoko

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「ダニだよ。それも生きてるダニ。ま、軟膏状にはしているけどね」
 悪戯っぽい眼をして彼女の反応を見つめる。
「うえええ! そんなもの肌に塗って大丈夫?」
「大丈夫じゃなかったら、こんなもの売りません」
 口をぽかーんと開けて段ボールを見つめる理絵ちゃんの目は、まだ疑っている様子だ。
「これから口コミで広げる。とりあえず老人ホームの人たちと話をつけたから、まずそこから始めるよ。彼らは『もう長くない人生だから、冒険も必要ね。ここで好きな人もできたし、少しでもチャンスがあるなら綺麗になりたい』って言ってくれてる。特に女性はね」
「ふううん。まあ女性だったら、本当に肌が若返るなら絶対に興味がある話だけど」
「でしょ? ただね、数年後、数十年後の副作用はまだ分からないんだ。そこだけが不安と言えば不安だな。普通の顔ダニの寿命は二週間程度だけど、これは毎日塗って定着しさえすれば二カ月は生きる。そしてその効果は、その頃になれば誰もが認める程に分かるよ」
「じゃあ、値段を相当高くしないといけないわね」
「その通り。理絵ちゃんは分かってるなあ。あと、口の堅い人にしかリピートしないってルールが必要だね。何と言っても合法な物じゃないから」
 そう言いながら容器を一つ取り出して開けてみる。中には白い液体が詰まっていて、肉眼ではただの保湿クリームにしか見えない。
「そうそう、商売が軌道に乗ったら次の計画に移行するよ」
「次の計画って?」
「それはね、アイツら暴力団の資金源のひとつを潰す。これは世の中のためにもなるしね。今はまだ実行できないけど、資金が入ったら始めようと思う」
「何よ、もったいぶって。輸入も手伝ったし、もう私たちってチームだよね」
 頬を膨らませて抗議めいた視線で僕を見つめる。
「分かった。――次はね、『オレオレ詐欺』を潰していく」
「はああ? そんなこと出来たら警察はいらないじゃん」
「だからさ、警察に出来ないような事をこれから僕たちがするんだよ。まあ楽しみにしといて」
 容器から薬指で乳液をひとすくい掬うと、自分の肌にためらいもなく塗る。その様子を見る理絵ちゃんの僕を見る目が、いい意味で少しずつ前と変化していることをこの時感じた。

「あら、君江さん? 何かあなた印象が変わったわねえ」
「やっぱり分かる? あれをついに買えたのよ」
 嬉しそうに顔を撫でるその手はしわしわだったが、垣間見える肌は八十二歳という年の割には確実に皺が少なく見える。
「あれって……。こないだ若い人が持って来たパンフレットに書かれてた商品?」
 小林と言う名前の、このアサガオ老人ホームでリーダー的存在の女性が、興味津々で君江の顔を覗き込む。
「そうなの。最初はうさんくさいと思っていたけどねえ。私もこの先はそんなに長くないし、だまされてもいいか思って購入したの。値段はびっくりするほど高かったけど……」
 いつのまにか君江の周りには人だかりができていた。
「詳しく聞かせてよ。塗ってどれくらいで効果がでてきたんだい?」
 まるまると太ったパーマ頭のおばあさんが、急かす様に先を促す。
「三日目ぐらいかしらねえ。夜中に顔がむずむずしだしてさ。『決して掻かないで下さい』って言われてたから気を付けていただけど、そんなに痒いって程でもなかったねえ。で、朝になるとね、枕の周りに古い皮膚みたいのがぽろぽろ落ちているんだ。そのまま鏡を見たらさあ……」
 ごくっと唾を飲み込む音がした。
「目の周りの皺が目に見えて減っているのよ。あたしゃ思わず仏様に感謝したね。今までの人生いろいろだまされて買って来たけど、やっとまともな物が買えたってね」
 うっすらと涙を浮かべた君江は、手を合わせて何かを拝んだ。だがその口元は、周りの老婆たちよりも若返ったことが嬉しいのか、わずかに笑みを浮かべている。
「じゃあ、あたしはこれで」
 君江が立ち去ろうとした時、数人の老婆がこの後一斉に口を開いた。
「待って! 私たちも買うかもしれないから詳しく聞かせてちょうだい」
 その声に振りかえった君江は、入れ歯だろうか妙に歯並びの良い白い歯をむき出して笑顔で頷いた。
 彼女たちは確かに歳をとってはいたが、確かにまだまだ『女』だった。

 一か月後 俊介のマンション 

「もう在庫が無い。まさかこんなに飛ぶように売れるとは思わなかったよ」
 在庫の伝票とにらめっこしながら、理絵ちゃんの入れてくれた珈琲に口をつけた。
「口コミの力ってスゴイわね。でも一番驚いたことは、これだけ売れているのにインターネットにはわずかな情報も上がってないことね。本当に凄い物ってみんな内緒にするんだってことが分かったわ」
「そうだね。でも逆にネットに出て来るようになったら、僕らが捕まっちゃうリスクが上がるからね。次の仕入れが終わったら、一度この商売は辞めた方がいいかもしれないな」
「でもさあ、今まで買ってくれた人たちが黙ってないでしょ。お肌を若く保つにはずっと使いたいじゃん」
 いわゆる、『使用前、使用後』のサンプル写真を手に取りながら理絵は口をとがらす。その数枚の写真でも分かるように、まるで逆再生をしているかのように老婆が若い肌を手に入れていることが見て取れる。
「何でも潮時ってのはあるよ。それに次の計画を実行する資金はたっぷり出来たし」
「『オレオレ詐欺を潰す』だっけ? ねえ、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」
 その言葉を聞いて、僕は計画書を取り出すとテーブルに広げた。興味深そうに見守る理絵ちゃんには、こんな時特有の癖がある。それは髪の毛の先を何度もくるくるといじることだ。明るい色の髪の毛が、窓からの西日に反射して金色に光っている。
「まず、これを実行に移すには人を集めなければいけない。ところで理絵ちゃん、日本における一年間の自殺者数って知ってる?」
「うーん。一万人ぐらいかな」
「とんでもない! 大体毎年三万人ぐらい自殺しているんだよ。その中でも十五歳〜三十九歳における割合はかなり高いんだ。特に二十代の男性は、死因全体の五割以上が自殺なんだってさ」
「そんなに……。何か生きる目的を失っちゃったのかしらね」
 テーブルに頬杖をつきながら長いまつ毛を伏せる。
「かもね。そこでさ、僕はネットで色々調べてみたんだ。驚いたことに、『これから逝ってきまーす!』とか『私が自殺する様子を実況するので見て下さい』なんてサイトが複数あるんだよ」
「え? 自分の死ぬところをネットで実況する人がいるの?」
 すとんっと頬っぺたを持った手を滑らせて、眼を大きく開けた。
「そうだ。そしてその人たちに共通するのは、さっき君が言ったように『生きる目的が見つからない』という人がほとんどなんだよ」
「せっかくこの世に生まれてきたのにね。何か悲しくなっちゃう」
「だよな。そこで僕はその人たちの何人かと連絡を取った。ただし、『今から死にます!』って人は無理だったよ。決心が固まりすぎて、もう誰の意見にも耳を貸さないんだ。悪い言い方かもしれないけど、ある意味悲劇のヒーロー、ヒロイン気取りだから始末に負えない」
「つまり……近い未来に自殺を考えている人を対象に連絡したってこと?」
作品名:kyoko 作家名:かざぐるま