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私の読む 「宇津保物語」  初秋ー2

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 そなたの休息所には、是非にとあれば、清涼殿をお譲りしよう。自分は軒下に住むようなことがあってもそなたの頼みは遂げさせよう。

 そなたが私の側にいても、誰も悪いとは言うまい、気兼ねなしに参内してください。

 貴女の参内を夫の兼雅が止めるだろうと思うと、情けなく淋しい。今は夫の言葉にも従いなさるな。

 そうしたからと言って。悪いこともあるまい。兼雅が嫉妬することもないでしょう。それに遠慮はなさらないで、こういう風に場所を変えたからといって不足は言うまい」

 内侍督の北方は、
「参内いたしますのを止める人は御座いません。宛もなく参内するというのでしたら、兼雅も承知はしないでしょうが、帝の仰せであれば、あれこれ申すことは有りません」


「貴女が公然となさるならば、何も心配することはないでしょう。隠れたところであれば、人を憚らねばならない。

 貴女に対する志は昔よりも更に譬えようもないほど深い物だから、いよいよ深く貴女を思うようになるが、今はこうしてばかりはいられないでしょう。

 一方には世にあせる気持ちがあっても、貴女が里においででは、尋ねるわけにも行かない。ここに来てくれるのがいいと思う。

 近いうちに、いらっしゃいと申しあげたいが、この月は色々と余儀ないことがある。十五夜には必ずお迎えいたしましょう。今日のこの琴の調子を、約束を違えないように、必ず十五夜にはとお思いになって下さい」

 内侍督北方は、
「それは、十五夜はかぐや姫こそお勤めにならなければなりません」

 帝
「ここには、棚機を持ってこさせましょう」

 内侍督
「子安貝は近くにありませんか」

 帝は、どうかして内侍督の姿が見たいのであるが、灯火の御殿油、を明るく点すと露骨になって失礼だ。どうすれば姿が見られるかと考えられ、目の前に飛んでいる蛍三四を見て、

 帝は「蛍の光で物は見えるだろう」とお考えになって、走っていって蛍を皆捕まえて袖に入れて御覧になると、沢山蛍を捕らえたらいいだろうと、

「童はいるか、蛍を捕まえて参れ、藤英のことを思い出した」
 と、殿上童を集められる。

 殿上童は夜も遅いので集まらないうちに、仲忠が帝の言葉を承って、帝の気持ちが分かり、水辺の草の多いところ歩き回って、沢山の蛍を捕まえて、袍の袖に蛍を包んで帝の所へ持って来た。

 仲忠は暗いところに立って、袖に包んだ蛍を差し示して声を上げると、帝はしっかりと御覧になって、自分の直衣の袖に蛍を移し替えられ、袖を包んで内侍督の居られる几帳の帷子を帝が引き上げる。

 帝が、内侍督の顔近くに蛍を近づけて、誰に言うともなく小声で口ずさんで、内侍督が上を向くと、蛍が沢山薄い生地の直衣の袖に包まれているので、蛍の光で内侍督の姿全身が見えた。内侍督は、

「おかしなことをなさいます」
 と、笑って、

 衣うすみ袖のうちよりみゆるひは
      みつしほたるゝあまやすむらむ
(お召しになっている御衣が薄いので、その袖から火が見えますが、びしょ濡れになった海女が住んでいることで御座いましょう。その姿にはがっかりなさる筈で御座います)

 と詠う内侍督の姿は、麗しく、言葉を言われると更に深みを増す。琴を弾く姿は美しく、憎らしい気がするほど、見事な容姿、この世に類がなく、素晴らしい人、ほのかな蛍の光に見える内侍督の姿は誠に切ないほどである。

 帝は譬えようもない美しい内侍督を眺め、見つめたままであった。そうして内侍督の歌に答えて、

「年来の望みは蛍の光で達することが出来た。

 しほたれて年も経にける袖のうらは
       ほのかにみるぞかけてうれしき
(この年頃久しく涙に濡れて暮らしたが、袖の中の蛍でほのかに姿を見ることが出来て嬉しく思う)」

 帝はこのまま色々と興味有る珍しいい話をしておられたが、夜は明けてゆく。鳥が鳴き出すと、
 
帝は

  かれにける男の、七日の夜、まで来たりけれ
 ば、女のよみてはべりける

 彦星のまれに逢ふ夜の常夏は
       うち払へども露けかりけり
(後撰和歌集230)
 という歌があるが、本当だな、

 あか月のこゑをば聞かで雛鳥の
       おなじとぐらにぬるよしもがな
(暁を知らせる鶏の声を聞かないで、雛鳥が同じねぐらに寝る工夫はないものだろうか)」

 と帝が詠われると、内侍督は、

 卵のうちをゆめよりかへる雛鳥は
       高きとぐらをよ所にみるかな
(卵の中で夢のうちに雛鳥になった私は、高いとぐらを身の及ばないところと思うので御座います)

 と、お答えすると夜明けになり、周囲が明るくなってくるので内侍督は急ぐのであるが、太陽が昇り始めた。


 帝は、
「ご覧なさいこれが暁ですか。拾遺和歌集に、左大将済時が、

 山寺にまかりける暁に、ひぐらしの鳴きはべりければ
                 
 朝ぼらけひぐらしの声聞こゆなり
     こや明けぐれと人の言ふらん (476)

 と詠っているが、ご覧なさい。一体これが暁ですか。まだ明け暮れでも月が見えていますよ。

 右大将、夜か暁か判断なさい」

 兼雅は帝に言われて、
「はっきりと決められません。木綿付鳥(ゆうつけどり)が、昼です、と告げる声が聞こえてきます。そういう次第でどちらで御座いましょう。これも当たらないことでしょうが。

 東雲はまだ住の江かおぼつかな
        さすがにいそぐ鶏の声かな
(暁の東の雲はまだ暗いのであろうか、はっきりしないことである。とは言うものの鶏はせわしく暁を告げています)

 そういう次第で、帝の仰せを承りましても、はっきり御返事申しかねます」

 と、申しあげた。帝は笑って、内侍督へ
「お聞きなさい、こういうように人が申しています。私はそれを聞いて思いがますます募るばかりです。

 ほのかにも木綿付鶏と聞ゆれば
       なほ逢坂を近しと思はむ
(例えほのかにでも、木綿付鳥とさへ聞けば、会うときが近づいたと思いましょう)」

 帝は、

 逢坂の木綿つけ鳥にあらばこそ
       君が往来を泣く泣くも見め
(私が逢坂の関の木綿つけ鳥であったならば、あなたの往来を泣きながらでも見ているのですが。見捨てられた私は、家にこもって泣くぱかりです)(古今集740)参考歌にしている。

 内侍督

 名をのみは頼まむものを逢坂の
      ゆるさぬ関は越えずとか聞く
(「あふ」という名ばかりでも頼りにしたいものですのに、会うことを許さない逢坂の関は越えることが出来ないそうで御座います)

 やっぱり不当で御座いまして、仰せのことは当たりません。

 帝は、
「なんと言う甲斐のないことを仰る、

 頼めども浅かりければ逢坂の
      清水も絶えて結ばれぬかな
(随分そなたを頼みにしたのに、縁が浅かったので、終に結ばれずに絶えるのだろうか)

 私が貴女を思うように、貴女は私を思ってくれなかったんだ」

 北方は退出された。