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私の読む 「宇津保物語」  初秋ー2

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 もしも木になるならば、そこで啼く鳥の声に琴の音を聴きましょう。

 草になるならば、そこで鳴く虫の音にそれを聴き、山となるなら風の音に聴き、海川となるならば高波の音に聴こう。


 七月七日、七夕の日に、楊貴妃が玄宗皇帝と長生殿で来世を契ったのだから、貴女とは今夜仁寿殿で来世を約束しよう。長生殿の二人が末久しく契った約束に劣ると思いなさるな」

 と、世の憐れを述べて、帝はこのように、

 姫松の鶴の千歳はかわるとも
      おなじ川邊の水とながれん
(生い立ちの違う姫松それぞれの千年も続く寿命は別々ではあるが、同じ川辺の水となって流れるであろう)

 そなたはそう思ってください。私も勿論です。

 内侍督(ないじのかみ)北方は、
「『ことで(言出)しは』という事がありますので。お言葉では御座いますが、お信じ申すことは出来ません」

 と、万葉集にある紀女郎が家持に報贈ふる歌一首

 言出(ことで)しは誰が言なるか小山田の
      苗代水の中淀にして(四巻776)

 を参考にして、

 淵瀬をもわかじと思へど飛鳥川
     そなたの水やなか淀せむ
(淵が瀬になったり瀬が淵になったりするように変わることはあるまいと存じますが、飛鳥川の例もありますので、そちらの水が中淀み(中途で気が変わる)する事で御座いましょう)

 そればかりが心配で御座います、私としましてはひたすら「深い心を」とのみ念じております。

 小野道風の歌

 おほかたは瀬とだにかけじ天の河
         深き心を淵と頼まむ
(後撰和歌集957)

 を思いながら帝に応える。

 帝は
「宜しい、私の心が浅いかどうか、試して御覧下さい」

 もろともに流れてを、見む白川や
       いづれの水か湧きはまさると
(白川の水のように一緒に暮らしてみましょう。果たしてどちらの水が余計に湧くかどうか)

 と、帝が言われる頃に、内膳司に頼んでいた食事が運ばれてきた。立派な膳が並ぶ。

 浅香香木で作られた膳が四十、それの台、それらを置く敷物は立派で、器が立派なことは言うまでもない。

 同じように器に盛った果物、干物、日常食べている物ではあるが、とても立派に調理されている。

 帝は、実頼中将、兵衛督などに、
「折角こうしておいでになるのに、今夜琴を弾いた方は大変立派な方であるから、あなた方は内膳司に行って、膳部の物を少し格好を付けてすぐさま調理しなさい」

 と、仰せになったので、この君達は、世の中のあらゆる方法を尽くして、殿上人で経験もあり老練な人が、自身でまな板に向かい料理をして、本式の料理人三四十人で調理して帝の前に並べたのであるから、立派な物である。

 こうして見事に琴の演奏が終わって夜明けの月が空にある頃、内侍、髫髪が四十人正装をして列を作って折敷四十を捧げて帝の御前に参上した。

 北方が内侍督に任官されたことを知ると女官達は驚いて、女楽、踏歌、舞妓などを教える「内教坊」
からも、彼方此方からも、女官達が正装してしきたりの髪上をげして、仁寿殿に出てきて、折敷を任命された内侍督に差し上げる。

 内侍典(すけ)が料理をする。この人は高位の娘で、帝にお仕えする、親王の子供である。言うところの源氏の女である。

 そうして、内侍督のお供の女房や童達にもご馳走される。

 やがて、兼雅大将が人々がこのように内侍督に料理を差し上げているのを良く見てみると、自分の妻だと言うことが分かる。兼雅は、

「おかしいいな、何時の間に参内したのか」

 と、思うが、それが人妻であっても、さような後宮の大勢の人々の間に立ち混じっていても、特に恥ずかしいような点がない。そういう女を兼雅は妻としているのだから、兼雅はますます北方が好ましくなって眺めている。それを見ていた後宮の女達は、

「こういういい女を妻にしているのだから、兼雅はどうして他の女に目がいくものか」
 と、后を初めとして、そこそこの身分の女達は思うのであった。

 実際に、この北方(尚侍督)は容姿端麗で、この夜に演奏した琴の技を聴き、子供の仲忠を見るに付けて、北方は、誠に並々でなく、この世の人とも思われないので、兼雅にとっては却って面目を施すのであるが。

 昔から帝が気に入って、その頃は何時も消息文を送っておられ、現在もまだ諦めきれないでおられて、時々動向をお尋ねになる。

 その様な女が傍に侍しているのだから、懸想めいた言葉を掛けられることも有るに違いない。と、兼雅の心はそわそわ落ち着かない。

 兼雅の堀河殿で政所の別当をしている左京の長官橘元行が北方参内するときに供で付いてきていたので、兼雅は呼び寄せて、

「北方は里邸で、急に女官となったお祝いの宴をするはずだから、三条へ今すぐに帰って、その準備をするように。必ず北方を見送って大勢が来るであろう。女官達の座や大勢の男達の席等を綺麗に準備をしておくれ」

 元行は、
「客人のお席は、この相撲が此方の勝ちの時の準備として用意して御座います。ご馳走はこの度は、早くから準備を致しておりますから、何もご心配はいらないと思います」

 兼雅大将は、別当行正の言うのを聞いて、
「しかしそれは相撲に勝ったときの準備だろう。
でも今言うことは急な畏れおおい宣旨なのだから、女大饗、大がかりな宴会になる。だから立派にしたい。料理には特に念を入れて豪華なものにしなさい。

 まして、今の女官達の中に、身分高い典侍(すけ)がおいでになるのだから、ちゃんと用意をしよう。仲忠宰相中将も準備のために退出しようとするが、北方が退出するとき、いなくては都合が悪いだろうから」

 と、細々と注意して別当行正を堀河の屋敷に帰らせた。

 帝は帝で、
「さて、どのような贈り物を尚侍督へ、立派な物を与えたいものである」
 と、考えられて、左大臣季明に、

「この内侍督が退出するときに、どんな興味を引く贈り物をしたら良かろうか、と考えているが、このような事態になるとは考えてもいなかったので、誠に気の毒でならない。

 蔵人所や内蔵寮に行って、少し現代に合う物を探し出して貰えないか。

 仲忠母子は、思慮分別のある一族であるから特別注意して取り計らうよう」

 と言いつけになる。

 后の宮、仁寿殿女御達も、なにか内侍督に贈り物をしようと思う。

 こうして帝は内侍督と話をされるついでに、

「今夜貴女に侍している女房の中に、内侍として宮仕えをするような者はおられませんか。この頃清涼殿の内侍が一人足りないのです。少し知識のある、これならばと思う人を、殿上に上げて、そして私から与えられたそなた付きの殿上の女房にしなさい。

 その内にそなたが参内なさる時に、そなたの世話をさせなさい。総て女官のことは貴女の自由です。

 昔からそういう風にしていたら、今は、國母、后であり、帝の母、となっておいでだろうに。

 わけても、仲忠ほどの親王が生まれていたであろうぞ。過去のことはされ置いて、私は貴方を后と思っていよう。これからも時々参内しなさい。