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私の読む 「宇津保物語」  あて宮

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       こよひはこゝを過ぎずなくなり
(故郷へ急いで、翼も休めず飛ぶ雁でも、今夜はここを過ぎかねて鳴いています)

 左兵衛佐師純(正頼の次男)

 しら雲の雁のたむけの錦とや
       山のはかぜにおりみだるらむ
(山の端にかかる美しい白雲が雁の手向けの錦なのでしょうか、山の端の風を受けて様々な色を織りなしているではありませんか)

 左近中将実頼

 ほころびてわかるゝ雁のふるさとを
        いまやとふらん天の羽衣
(花の咲く春と別れて行く雁は、今こそ天の羽衣のように美しく着飾って故郷を訪う事でしょう)

 中将祐純(すけずみ)(正頼三男)

 花ををる春はへぬれどなく雁の
        帰れるかずを知る人のなき
(花を折って楽しむ春が過ぎるのを惜しんだ人はいるが、鳴いて帰る雁の数を読んで見送る人はいない)

 左衛門佐連純(正頼四男)

 なく雁にうかべる雲のゆきかひて
        いづくにまつと契りおきけん
(鳴いて帰る雁に浮き雲が偶然出会ったが、何処で待つと約束したろう、もう二度と会う事はないだろうに)

 等と、いろいろと詠われて、翌朝に女の装束を賜った。

 早朝に食事が出た。源中将涼の贈り物沈の破子で出された。半分は(五荷)仁寿殿女御(正頼長女)に差し上げた。

絵解
 この画はあて宮の局。ご馳走が並んでいる。女房が多数伺候している。

 檜破子、すみもの(未詳)、透箱などが多く並んでいる。

 あて宮の局は左大臣季明の娘昭陽殿の局と近いところにある。

 昭陽殿、殿上人が騒ぐのを聞いて、
「いつもの夏犬どもががつがつして貰い物を奪い合っているのであろう。被物を見て、他人の物まで取り込もうとしているのじゃ」

 と言っておられる。

 昭陽殿は庚申の行事をしない。女房達も薄汚れた白の唐衣に、薄紫の裳を着て、数も僅か四五人。

 昭陽殿は年三十歳ばかり、姿は醜い体つきは厳めしく太っていた。

 この画は、正頼と殿上人三十人ほど。被物を頂いている。

 この画は、右大将兼雅の娘梨壷の局である。大君のお方は年が十八ぐらい、色々と沢山の物が並んでいる。姿は清楚である。女房が廿人ばかり、裳唐衣を着て侍している。庚申の行事をしている。

 殿上に破子廿荷、碁の賭物に銭二十貫出す。しっとりと上品である。

 青の透箱に陸奥の紙、青紙入れて差し出された。

 この画は、五の宮(あて宮母大宮の妹)の局。
 宮は年廿、女房も多く侍している。大人十五人、童四人で庚申の行事をしている。 

 ここは、平中納言の三女宜陽殿の局。年十六歳、姿は妖艶である。同腹の兄妹蔵人式部丞が居る。

「目出度くあて宮が入内されました」

 式部丞

「あて宮は並はずれて勝れたお方だ。誰も肩を並べて比べる事は出来ないだろう」


 こうして源少将仲頼は山に籠もった日から穀物を断って、塩も取らず、木の実、松の葉を食べて、晨朝(じんじょう)・日中・日没・初夜・中夜・後夜と六回の佛の業を行い。あて宮への恋心は涙の海と成り、歎きは山と積もってあるのに耐えて修行をするのを、帝を始めみんなが惜しみ悲しんだ。

 正頼は仲頼を大事にしていたので「可哀想に」と人に漏らす。山を訪れる殿上人や高官達、そして正頼自身も山に入り仲頼を訪問する。仲忠、涼。行正達は吹上以来の親友であるし、仲頼の遊芸は特に優秀であると認めていたので、仲頼が山に籠もり俗界を捨てた事を残念に思った。

 ある日三人は花を摘みながら仲頼が修行をする水尾を訪ねた。

 仲頼は喜んで三人と会い、話し合う。変わった僧の姿に三人は涙を流す。頭中将仲忠は、

「嗚呼佛よ、どうして貴方は思いもかけない出家などなさったのですか。私なども俗界にいたくないのですが、親に仕えようという気持ちが大きいので暫く世間の交わりをしていますが、こうして馴れない僧侶の生活を見ていると先立つものは涙です。

 うちみれば涙の川とながれつゝ
        我も淵瀬をしらぬ身なれば
(貴方をお見上げすると、涙が川のように流れるのです。私だって明日の知れない浮き身なのですから)」

 少将仲頼

 世の中を思ひ入りにし心こそ
        深き山辺のしるべなりけれ
(世の中の苦しみを深く体験した心が出家の導きとなったのです)

 源中将涼

 蝶鳥のあそびし花のたもとには
        深山の苔の生ひんとや見し
(蝶や鳥のように花と遊んだ貴方が、まさか深山の苔の許に住むとは、思いも掛けませんでした)

 と詠って、涙を流しながら話をして帰って行った。


晨朝(じんじょう)
《「しんちょう」「じんちょう」とも》六時の一。卯(う)の刻。現在の午前六時ごろ。また、その時に行う勤行(ごんぎょう)。朝の勤め。


六時(ろくじ)
 一昼夜を六分した時刻、すなわち晨朝・(卯の刻)・日中(正午)・日没(酉の刻)・初夜(戌の刻)・中夜(亥の刻から丑の刻まで)・後夜(寅の刻)の称。



 正頼の息子達も山に登ってきて仲頼と会い、話し合って山を下りて行く、それに頼んであて宮に仲頼は、

 紅の袖ぞかたみとおもほえし
       今は黒くも染る涙か
(血の涙で染まった紅の袖を形見として、出家の後は涙などでないものと思いましたのに、今は同じ涙が黒い僧衣をいよいよ黒く染めています)

 と送った。あて宮は

「考えても見なかった悲しいお姿におなりになったものだ。歌を頂いても返事をしなかったが、それでこのような悲しい姿になられたのか。どう言って良いやら」

 と、考えて

 今はとて深き山辺にすみ染の
       袂は濡れぬ物とこそきけ
(今はと悟って深い山に修行をする人の墨染めの袖は俗な涙には濡れないものだと聞いています)

 と、詠う。仲頼は受け取り、涙を流してあて宮の文を伏し拝んで、

「思うと、私が久しい年月の間、毎日文で申し上げたけれども、一文字の返事も頂かなかった。あて宮の顔を見なかったが、私の仏道の尊い功徳で、入内されたあて宮から一行といえどご返事が戴けた」

 と、大事な宝物として仲頼は大切にするだろう。

絵解
 この画は、水尾(みずのを)、高い山の頂上に、水を導き送る長い樋と庵がある。そこへ行く難路がある。

 この画は、殿上人が居る。麻の墨染めの真新しいのを仲頼は着て、殿上人と対面している。後方の峰に白い瀧が描かれている。弟子一人は若いときから仲頼が傍で使っていた童。もう一人は内舎人として使っていた者。

 色々な花の木が植わっている。巣の中で育つ雛がはっきりと分かる。仲頼は仏壇を飾って念誦している。

 仏前のお下がり、赤色で甘く食べられる一位の木の実、橡の木の種子からあく抜きして澱粉を採り造った栃餅を皿に入れて、時期の物として出した。

 
 実忠宰相もあて宮入内を聞いて、危篤になったので夜の内に早くと急いで坂本にある小野という家へ実忠を連れて行って、大願を立てて祈る。