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私の読む 「宇津保物語」  あて宮

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 あて宮は、情けない兄上、と思うが母大宮の仰せであるので、仲純の局に行く。

 仲純は、大宮と正頼が住む大殿で臥していた。
 あて宮は女の盛りの美しさである。

 身長は五尺に少し足りない。背丈は高くも低くもなく何とも言いようがなく結構である。

 髪は麗しく美しく清らかで、黒紫の絹が光り輝いているように美しく、髪の先まで一筋残らず揃って輝いている。

 美しさは限りない、今日はその上に決心の程が身体に溢れているように見えた。

 女房の兵衛と孫王二人だけを供にして、兄仲純を見舞う。仲純はあて宮を見て直ぐに言葉が言えなかったが、やがてやっと、

「今日ご入内ですか。せめてお見送りだけでもしたいのですがそれも出来ないようなことで。生きて再びお会いすることが出来ないような状態です」

 と言って仲純は涙を流す。あて宮は

「生きて会えないなどと、思いも掛けない以ての外のことで御座います。さて、どうして兄上は、そんなに気が弱くおなりになったのでしょう」

「この世に存在することが出来かねることがありますから。総てのことが心細く、悲しいことばかり」

「兄上、そんなに思い詰めなさらないで」

 あて宮は立ち上がる。

 ふしまろびからくれなゐに泣きながす
         涙の河にたぎる胸の火
(もだえ苦しんで流す紅の涙が川になり、その水を、胸の火がたぎらせています)

 と書いて、小さく押し揉んであて宮の懐に入れる。あて宮はその文を落とすまいと思い受け取って立ち上がるのを、仲純はちらっと見て息絶えた。

 大宮と正頼は
「このような中で、悲しい子供にかかるよりも、様々な故障を押して、あて宮の入内を思い立ったのに、それが延期するような事があったら、どうしよう。この度のことが延期になれば、結果は実現しない」

 と思うと、迷いに迷われる。

「静かに、静かに、暫く仲純のこと見ないでくれ」

 そこで君達や集まった男も女も大騒ぎをしたが、仲純の死を知っていても知らないそぶりで、あて宮入内の準備を進める。外では車の飾りを調えた。みんなは殿の内で仲純の死という大事件が起こり、ぼんやりとしてしまって、落ち着いて進行を見定める者がいない。

 原宰相実忠も
「入内が始まる」
 と聞いて、気絶してしまったので、御殿の中の騒ぎが大きくなって人々が騒ぎ立てる。

 あて宮を懸想した人達上達部、親王達思いわずらい嘆く中で、源中将涼、頭中将仲忠大変悲しむが

「世の中というものは儚いものである。このようにあて宮が入内なさっても、この限り会えないとは思わないことにしよう」

 と、気持ちをしっかりとして、あて宮を見送ろうと思っていた。

 源少将仲頼もあて宮入内で久しく悲しんで閉じこもっていたが、以前から考えていた、

「あて宮入内を何としてもお見送りしたいものだ。些細なことであっても、正頼様のなさる事に参加しないことはなかった。入内という大事なことに参加しないということは良くないことである。参上しなければ。身分不相応の恋をしたのが私の間違いである」

 と考えて参上した。

 こうして、仲忠、涼、仲頼もそれぞれの胸に思いはあるが正頼の許に参集して、車を寄せる。

「あて宮御門出の時刻になりました」
 と、正頼の家人が知らせる。

 あて宮は、兄の侍従が危篤状態、多くの人達が
「入内反対」
 と思う心を聞き、入内させまいと思う懸想人達が兄の危篤の騒ぎを知ったならばどう思うかと考えて、聞いても聞かない振りをして強がりを見せながらも、優しい気持ちで兄侍従に、
 
 わかるともたゆべきものかなみだ川
       行くすゑもあるものとしらなむ
(例え今お別れしても涙川が絶えず流れるように先々の交わりもあるのだと知ってください、縁が切れるのではありません)

 どうしてこうまで一途におなりになるのでしょう。

 まことに情けない兄だと見て、可哀想にと思い、
「これを兄侍従に渡して」
 と言う。兵衛の女房は、

「お殿様に大宮、ご兄妹暇なくお見舞いになり、仲忠侍従はもう手の施しようがないようですが」
 と、あて宮に言う

「それでも差し上げてください」

 兵衛は時を見計らって侍従仲忠に・・・・・・・

 大宮が正頼に、
「この頃このように侍従が患うのは、調べさせましたら、女の怨霊だと申します。当座、取り敢えず、どういう事を致しましょう」

 と、忠こそ阿闍梨に使いを送る。  

 忠こそ阿闍梨は何ごとが起こったかと驚いて、参上した。

 阿闍梨を案内しようとして、母君や姉君達が侍従の側から離れると、意識を無くした侍従の手に兵衛があて宮の文を握らせて、指先で侍従の腕に書き付ける。、

「この文はあて宮の文です」

 死んでしまったはずなのに、侍従仲純は、お湯を少し飲み込んだ。それを見て正頼は、
「忠こその祈祷が効いたのだ」
 と、限りなく喜ばれる。

 このように侍従の顔に瞬くのが見えたので、

「明日、入内の翌日にも侍従のために退出する事が有ろうとも、今夜侍従が蘇生したのをいいしおにして入内させよう」

 と思われて、正頼やご兄妹が侍従の許を離れれてしまわれると、侍従仲純はあて宮の文を読む、そして言葉を言う。傍にいる看病の人達みんなが喜ぶ。 
 こうして車廿台、糸毛車六台、黄金作りの車十台
女房髫髪(うない)車二台、下仕えの車二台。

 先駆けに、四位三十人、五位三十人、六位は数が分からないほどの多人数、高位の人達ばかりである。

 入内すると直ぐにあて宮は春宮の寝所へ向かう。供人はみんな御前から退出する。

 源少将仲頼は、女房の木工に会い、物も言わず止めどなく涙を流す。

「今まで有り難いことに、殿正頼様が、身近に親しく私をお近づけ下さった。私はそれを満足していましたが、どういう巡り合わせでしょう、詰まらない私は分不相応な恋心を起こして、その苦しみに今まで生きられようとも考えませんでしたが、せめてあて宮をお見送りしてからと思っているうちに、生きながらえてしまいました。

 貴女にお会いすることさえ今日限りだと思うと、大変悲しかったです。

 今はとてふりづる時はくれなゐの
        涙とまらぬものにぞありける
(今が最後だと思って声を高く振り上げると、紅の涙があとからあとから出て止まらないものですね)」

 と詠うだけでも、はきはきと言葉が言えず、泣き狂うこと限りがない。木工女房は、

「気の弱いことを仰います。今までは本当に望みをお持ちになってあて宮に言いよってお出でだとお見受けいたしていましたのに、このようにあて宮は入内されてしまっては、大変に失望なさったと思っていました。

 ところで、あて宮入内で失望なされた方は、貴方だけではありませんよ。皆さんが貴方と同じように失望なさっていると承っています。

 ふかき色にきみしもなどかふりづべき
       誰もとまらむなみだならぬを 
(あなたばかりが濃い紅の涙の色に染まったわけではありません。誰もとめどのない血の涙を流しているのです)

 世間では普通のことだとお思いなさいませ」

 仲頼は言葉では言えないほど泣き崩れて、帰宅して、とうとう法師になった。