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私の読む 「宇津保物語」  菊の宴 ー2

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(容易に登れない蓬莱山にさえ誰でも行くことが出来るでしょう。しかし貴女のご承諾を待っている内に私は歳を取ってしまいますよ)

 船の中でなくても老いるのです。

 と送った。あて宮は

 山よりもいたりがたきは風たかみ
        あやうきめのみあればなりけり
(蓬莱やまよりも先ずその島に到着することが難しいのは、風が強くて波が高いので危ない目にばかり遇うからで御座います) 

 と、返事を出した。

 源宰相実忠は、思い煩って山の中の寺々に不断の修法を行わせながら、文を送るが返事は貰えない。と嘆くこと限りない。

「こうしてはいられない」

 と、このように文をあて宮に送った。

 帆をあげて礒より舟はかよふとも
       わがみづぐきは道もなきかな
(帆を揚げて舟は礒づたいに水路を通うことが出来るのに、私の通わす文には道も付いていないのです)

 返事が無いので更に、

あふことのかたくてやまば吾はなほ
       人をうらみて石となりなん
(お会いすることが難しくて、そのままになるならば、私はいっそ貴女を恨んで石になりましょう)

 と、唐国の武昌の北の山上にある人の形をした石は、昔貞婦が夫の国難に赴くのをこの山で見送っているうちに化した姿だという「望夫石」の故事を思って詠った。

 それでもあて宮からの文がないので、実忠は、思い悩んであて宮付きの女房、兵衛の君を局に呼んで、

「どうして今は夢のような御返事が戴けないのか。入内は何時なのだ」

「詳しいことは承っ賜ってはいません。あて宮は今は何方にも御返事は差し上げていないようですので、御入内は決まったように存じ上げます。まだその日が決まらないだけのことです」

「そうなれば、どうしたらよかろう。佛よ助け給え。こうして入内なさらずにいらっしゃる間でさえ、私は死ぬほど苦しいのに、まして入内なさってしまわれた後は、私は死ぬであろう。どうかして入内前によそながらでも一言申し上げたいものです。

 色々と長い年月にわたってのことですから、私の心は思うように止めるわけに行きません、どうか兵衛の君、ご推察なさってあて宮に良いように申し上げてください」

「まあ、とんでもない事です。今でも都合の良いときはありませんでしたが、この頃では、大宮や大将や姉上方お出でになって、夜はそのまま此方におやすみになるので、私などは近づくことも出来ません。

 もうなにをなさっても甲斐がありません。だから、あて宮のことはお忘れなさいませ」

「我が佛よ、どうしてそう酷いことを仰るのです。貴女のご恩は何時の世にも忘れませんよ。

 今の私には心の中は空です。ただ、長年の間思い焦がれていることを、そのまま直接申し上げたいのを我慢して、よそながらお耳に入れたいとばかり思うのです。

 私をこのまま貴女が殺したとしても、私があて宮の相手であることに変わりはないでしょう。出来ることならば、私を殺さず私のためを計って下さっても、貴女は殿(正頼)からは物騒な者だと思われるでしょうが、命には別条有りますまい。

 貴女が殿から官位を頂戴するというわけなら、殿に伺候する事が出来ないということもありましょう。そうでないのですから、ご心配なさるな。

 もっともっと申し上げましょう。どうか工作してください。並々のことでこのように申し上げはいたしません。身体の中の炎が燃える気持ちがします、兵衛の君助けてください」

 と、実忠は血涙を絞って兵衛に言うので、兵衛は、

「強引でいらっしゃいますね。今まで貴方がそういうことばかり仰るのを、あて宮がお受け入れになりそうなご様子が見えれば、自分の身がどうなろうとも、必ずお伝え申そうと思っておりましたが、そう思うとおりには参りません。

 もう恐ろしいのでなすべき方法は御座いません。もしも話す隙が有れば、宰相がこう申しておられましたとお伝えいたしましょう」

 実忠は喜んで文を認める。

「入内が決まった今は申し上げまいと思うのですが、御入内まもないという評判です。

 苦しさに思いあまって、心を持っていく先もありませんので、こんな辛い目を余るほど見るよりは死んでしまいたい、と思うのですが、死ぬにしてもこのままでは行くべき道がない気持ちです。

 思ふことかたくて死なば死出の山
       せきとやならんふたがれる胸
(胸は悲しみで閉ざされ、思うことは遂げられずに死んだならば、死出の山は関となって、先に行かれず迷うことでしょう)

 何とかして夢の中ででも、直接こうこうと申し上げて諦めをつけたいものです。あて宮どういたしましょう」

 と、認めて、兵衛の君に渡し、礼として、金銀の蒔絵で縁を飾った箱一具に綾絹を畳んで入れ、夏の装束綾襲を入れて、次のように言って渡した。

 燃えさらぬ思ひこめたる身をあつみ
       ぬげるころもをあつしとな見そ
(燃え切ってしまわない思いを込めた身体が熱いので、脱いだ衣を厚いと見ないでください)

 兵衛はいろいろと聞いて帰り、あて宮の前に出て、実忠の文を渡した。

 あて宮は実忠の文を読んで、一言も言わない。兵衛の君は、

「実忠様は大変気持ちが乱れてお出でですので、この度ばかりは御返事をただ一行だけでも宜しいからお書きになって下さい。宰相が貴女を思い死しておなくなりになったら、恐ろしいことではありませんか」

 と、言うのであるが、あて宮は聞こうとはしなかった。

 実忠宰相は心の底から砕けそうに嘆いて、兵衛を呼んで、言う、

 わくがごと物思ふ人のむねの火に
      落つる涙のたきをますかな
(湧くように後から後から物を思う人の胸に火が燃えて。その火に落ちる涙はいよいよ多くの瀧となることよ)

 こうなってはもう文を送る人がいなくなった。

 と、兵衛の君に変わった沈の木の箱一具に黄金を入れて与えて

 年をへてたのむ人だにつれなきに
       箱の黄金もなにかはせん
(長年頼みにしてきた人でさえ私に冷淡なのに、心ない黄金が何の頼りになりましょう)

 兵衛の君は

 かずしれぬ黄金はわれもなにせむに
      はかりなしてふ恋をこそ思へ
(数の計れる黄金が私にも何の役に立ちましょう。量ることが出来ないという恋こそ大事だと思います)
兵衛は
「かけつれは 千々の黄金も 数しりぬ なそわか
恋の 逢ふはかりなき」古今和歌六帖3441の歌を頭にうかべて詠った。

 兵衛は右の歌を実忠に返して、黄金は受け取らずに帰って、あて宮に、

「この文をお読み下さい。そして今度だけ一行でもよろしいから返事をしてください。実忠様は『今度という今度、御返事無ければそのまま死ぬでしょう』と混乱なさっているのを見ますと、可哀想でなりません」

 あて宮は暫く考えて、送られた文の端に、

 なみだをばいかゞ頼まむまた人の
       めにさへ浮きて見ゆとこそ聞け
(涙がどうして頼みに出来ましょう。涙は人の目に浮いて見えると言うではありませんか。浮気な人の眼に見える浮いた涙では信用できません)

 と書き付けた。宰相実忠は大変に喜んで、直ぐに返事を送った。

 年をへてなげかぬ人はうかばぬを