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私の読む 「宇津保物語」  菊の宴 ー2

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(思い違いではありません。貴女の仰る住吉の松の縁を頼みにして願を掛けているのですから。難波での祓いを神はきっと受納してくださるでしょう)

 木工の君

 難波津をはなざかりなるみそぎには
        あだなる事のいかゞはなれむ
(いま難波津は花盛りですから、その折りの祓いでは仇っぽい事がどうしてもついて回りましょうよ)

 などと言っているうちに夜になって、月が煌々と照らす浜は静かで音楽は最高潮、色々の花が散り始める浦に潮が満ちてくるのを見て、主人の正頼は、

 いろ/\の花こきまぜに散りしける
       浦は幾しほうちて染めしぞ
(いろいろの花がまざって散り敷いた浦の鮮やかな濃い色は、潮が満ちては染めることを、幾たびくり返したものであろうか)

 式部卿の親王

 散る花をとゞめ侘びつゝ浜に出でて
       惜しむ春さへ程やなからん
(散る花を止められなかった物足りなさに浜に出て、春の去るのを惜しむのだが、その春さえ、まもなく行ってしまうであろう)

 中務の親王

 春ふかみ花のいろ/\散りぬれど
       なごりある空とみるぞあやしき
(春も大分経ったので、いろいろの花が散ったが、不思議と空には春が名残を留めていることよ)

 右大臣忠雅

 たちよるもうれしともみず花散ると
       吹きにし風のなごりと思へば
(波が立ちよっても嬉しいとは思わない。風が花を散らした後の名残だから)

 民部卿の親王

 都いでて柳も花もみがけるを
       錦とやなほ人の見るらむ
(都を出てからここに来る間に柳も花もいよいよ美しくなるので、人は一層錦を織ったようだと見ることでしょう)

 左衛門の督

 むれて訪ふけふを待たぬはさくら花
       浦さへ浪のをればなりけり
(こうして大勢で訪れた今日という日を待たずに花が散ったのは、浦の浪までも花を折ったからだろうよ)

 原宰相実正、浪と競って千鳥の群れが飛び立つのを、

 浜千鳥ともをつらねてたちぬるは
       よる/\浪のうてばなりけり
(浜千鳥が仲間と一緒に飛び立つのは、浪がそばへよってきて打つからに違いない、可哀想に)

 源中将涼は、帰る雁の群れを満ちてくる潮に見立てて、

 帰るともまだしら雲にとぶ雁を
       今朝こそ潮のみちがたに見れ
(帰るともまだはっきりしないで白雲に飛んでいる雁を、私は今朝丁度潮の満ちるときに見たのです。哀れでした)

 などと詠って、今回の難波行きに歓待してくれた国々の受領やその家来達に、女の装束、内容は桜色の細長、袴などを与えた。そうして案内を受けて名所を余すところなく見学して帰ることにした。

 また春宮から、
「何時ということなく毎日を、ぼんやり暮らして、思っていますので

 まつならでおひずもあるかな住吉の
       岸かげごとに思ふ物から
(松、待つと言うことは辛いことですね。住吉の岸に一本一本蔭を作るのを見て、と思うから)」

 と消息されたので、あて宮は

 浪こゆるまつはかれつゝ住吉の
       忘草のみ生ふとこそきけ
(浮気心を持つ松は、枯れ枯れになって、住吉の忘草ばかりが繁っているそうですよ)

 と返事をした。

 あて宮は「君をおきてあだし心を我が持たば 末の松山波も越えなむ(あなたをさしおいて、もし私が他の人に心を移すようなことがありましたならば、末の松山を波も越えることでしょう)古今集1093」を頭に置いて歌を詠んだ。


 源宰相実忠は賀茂社に参詣して、大層な願を掛けても、それでも気持ちが悲しいので、賀茂社から

 いもをおきて賀茂のやしろにまづきても
        血なる涙をえこそとゞめね
(あなたをおいて自分一人賀茂社にお詣りしても、血の涙を止めることが出来ません)

 あて宮は返事をしなかった。

 右大将兼雅は、長谷観音を詣でて、吉野の御嶽(金峰山)へと思い立って出かけるが、山城の井手の渡りに山吹きの気に入った枝を折って、あて宮に歌と共に贈る。

 思ふこと祈りつゆけばもろともに
       ゐてとぞつぐる山吹の花
(思うことの叶うようにと祈りながらゆくと、美しい山吹が「女を率(い)て(連れて)行け」と私に告げるのが聞こえますよ)

「唐土までも一緒に」と言う今はやりの歌のことですから頼もしく存じまして。

 返事は無し。

 兼雅は大変に嘆いて、長谷に七日ばかり籠もって気持ちを込めて祈り、大願を立て、

「大願成就させていただければ、黄金のお堂を造営し、金色の佛像を作りましょう。月に一度左右の燈明を命の続く限り点しましょう」

 などと誓願。竜門、比曽、高間、壷坂、御嶽を忍びで参詣された。馴れぬ山道を歩いたので兼雅の脚が腫れてしまった。

 こうして艱難苦労をしても、願いが叶うことは難しいだろうと、心細く思いながら山道を歩いていると、袖を頭の上に載せる「肘笠雨」俄雨が降り、雷が鳴り響いて落雷するのではないかと恐れたときに兼雅は、三条に住む妻、仲忠の母の北方、息子の仲忠達よりも、あて宮への思いが遂げられないまま死んでゆく、と思うと涙が止まらない。こんな歌を詠った。

 おもふことなすてふ神もいろふかき
        涙ながせばわたりとぞなる
(思うことを叶えてくれるという神も、血の涙を流せば、二人の間の渡りとなって、思いを早く遂げてくださるそうな)

 とあて宮に送る。あて宮は見て、言葉なし。右近衛中将蔵人頭祐純が、

「わざわざこのように文を下さったのだから、お使いの方が手ぶらでお帰りになるのはお気の毒ではありませんか、いつでも返事なさらないわけではないのに、この度は貴女の兄である祐純に免じて御返事を上げてください」

「そう思うからこそ度々御返事を差し上げたので御座います。始終御返事を差し上げるのはいかがなものでしょう」

 と、返事を書かなかった。

 兼雅は、しっかりと祈願をして
「祈りを叶えていただければ、砂金毎年毎月差し上げます」
 と誓願をして、神という神、佛という佛に大願をたて尽くして、思いあまって心の病となり、祐純を三条の自宅に招いて、話し合う、

「宛にならない年月だけが過ぎてしまい、あて宮の冷淡な態度だけがますます酷くなり、思い詰めて神仏に祈願をすればもしかするとあて宮の目が此方に向くかと、遠いところまで出向いて祈願をしたのだけれども、どうなることでしょう。

 さてさて、恋の道というものは、とかく自分勝手になって、人ばかり恨めしく思うものだとわかりました。あて宮のためには死んでしまいそうに思われます」

 祐純は
「どんなことが有ろうと、そんな筈はありません。恋心もまだ分からない幼い妹で、貴方のお気持ちを伝えることがし難かったので、色々と言い聞かせて、ときどき消息をしたのを、この頃は両親がおなじ所に居ますので、私でさえも話し難いものですから、返事を差し出せないのでしょう」