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私の読む 「宇津保物語」  菊の宴 ー2

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 と、宮あこ君は折を見てあて宮に藤英の文を渡すが、あて宮は可笑しく思って読まずに捨ててしまった。

 行者阿闍梨となった忠こそ、大願を立てて、聖天の法を毎日行い、祈祷を施した水で墨を摺り文を綴る。

 つきにきと思ふわが身のかなしさを
        君はいかでかこゝらとめけむ
(出家するほどの私の悲しさがこれで尽きたと思ったのに、どうしてまた貴女はこんなにも多くの悲しみを私にお残しになったのでしょう)

 と、あて宮に送ったのだが、佛のお慈悲はなかった。


 そうして、弥生の十の良い日、初巳の日が来たので正頼殿では上巳の祓いをしに、家の男はみんな難波へ出かけたので、残った男は少なくなった。

 米なら百五十石ほど積める舟を六艘、檜皮葺の屋形を付けて金銀瑠璃で高欄を飾って巡らして、船の帆の左右に白綱を幾筋も付けて、箱絵の調度、綺麗に塗装をした御簾。

 一舟に舵取り四人、船子廿人、みな特別の服装をさせて、正頼の所有する荘園所在の国守達が、それぞれ一艘ずつの備品を納めたが、その第一の舟には、大宮、女御、あて宮。二艘目は、もう一人の北方の男達。三艘目は、婿を持つ姫、北方が七人乗船する。

 以上三隻の舟には、身分の良い、大人十二人、童四人、下仕四人、整った装束で乗船している。

 第四の舟には、左大将、頭中将、源中将涼、源宰相実忠。

 第五の舟には、正頼の婿七人。

 大宮や正頼の使用人は、幾人かは、大宮の舟か正頼の舟に同船して、残りは小舟に乗って従う。

 淀川のこうぶり(五位)柳と言うところで、大宮は、

 名にし負はばあけの衣はときぬはで
       みどりの糸をよれる青柳
(名の通り(五位)ならば、浅緋の袍を着るから、柳も朱色の筈なのに、その朱の色の衣は縫わないで緑の糸を縒(よ)り掛けていますね)

 女御の君(大宮の長女)

 河邊なる柳が枝にゐる鷺を
       白く咲くともまづ見つるかな
 
 あて宮

 色かへて久しくなれど青柳の
       いとゞ深くも見ゆるみどりか
(冠柳という名が付いてから久しいのに、一向に朱色にならずに、青柳はますます緑になることよ)

 などと詠いながら、長洲と言うところに到着して、鶴が立っているのを民部卿の宮の北方(五姫)が、

 千とせふるたづのおりゐる今日よりや
       長洲てふ名を人の知るらむ
(千年も生きてきた田鶴が降りたったこの地は、今日から長洲、寿命が長いという名で有名になるでしょう)

 大イ殿(太政大臣の娘、正頼の北方)娘で、中務宮の北方、中姫

 惜しむなる春のながすの浜べには
        何をなげくぞ鴬のこゑ
(誰でも惜しんでいる春が長いという長洲の浜辺に来て、鴬は何が悲しくて啼くのか)

 左近中将源宗方の北方(大イ殿娘の四姫)

 春を惜しむうぐひすの音もきてながす
        野は又花ぞ盛なるらし
(春を惜しむ鴬が長洲に来て長閑に啼くのだから、野は勿論花盛りには違いない)

 民部卿のお方

 うちむれて長洲の浜にやどりして
        花の名残や久しきとみむ
(長いという長洲に来たのだから、花の名残も久しいと思う)

 左衛門の督の殿の北方御津で

 おぼつかなまだしら雲のよそながら
       みつとたのまむ事のはかなさ
(はっきりとしない白雲の関係はないだろうが、御津と頼みにするとは儚いこと)

 源実正宰相北方(大イ殿の三姫)

 音にのみきゝつる物をみつの浜
       みなれてのみもおもほゆるかな
(人伝にばかり聞いていたのに、御津の浜を、現在私は見ているのです。前に来たように思われてなりません)

 右大臣藤原忠雅北方(宮六姫)

 聞きわたりはつかに今日ぞ見つの浜
       見つゝはすぎじ船宿せむ
(そこと聞いて通り過ぎるときに今日僅かに見えた御津の浜、見ただけで此処を通り過ぎてしまうまい碇泊しよう)

 その様なわけで、港でお祓いをしていると、春宮より

 はる/”\とゆく河ごとに祓ふとも
       わがなげきをばはなれしもせじ
(遠く遙々と行って、河ごとに祓いをなさっても、わたしは嘆きから離れてしまいはしないでしょう)

 あて宮は笑って、
「腹汚い歌ですこと」
 などと仰って、

 みそぎにはなげきの花も散りぬらむ
       やへ雲はらふ風の寒さに
(禊ぎをすれば嘆きの花は散るでしょう、八重雲を払う風の寒さで)

 と、返歌を書いて都からの使いに渡し、被物と、都からの馬を交換するために、新しい馬と鞍を渡した。使者は急いで都に向かった。

 難波に到着すると、京を巡る五カ国と。山陽道、南海道の国々の受領が集まって、正頼の宿泊する適地を、丁寧に楽しむように作る。

 自然の浜とそっくりに花の林を、浦そのままの姿に植え並べ、砂や巌も現地に似せて優雅に作り上げて、色々な設備を整えて待ち受けているところに、正頼の船団は並んで入港して、腕のある者達は舟歌に合わせて船同志が楽を奏でる。船中から万歳楽を奏すると、船外からは唱和して歌い、下船を待っている。

 こうして船は着岸して、船毎に祓いの言葉を言って一度にお祓いをすませると、頭中将仲忠は供え物を出して捧げる。

 黄金の車に黄金の人を乗せて黄金の牛に引かせる。仕える人達も黄金で作り、あて宮に贈って、

 月の輪のかけてや代々をつくしてむ
       心をやらむ雲がかりかな
(せめて月にかかる雲に心を慰めて、生涯月を眺めていきましょう)

 あて宮

 雲にだに心をやらば大空に
       とぶ車をばよそながら見む
(雲だけで心の慰めとなるのであれば、大空に飛ぶ車をよそながら御覧になるでしょう)

 と、返歌をされた。

 源中将涼は、仲忠と同じように用意をした贈り物を贈って、あて宮に、

 恋せじのみそぎの船も漕ぎよらば
       大海の原にときや放たむ
(恋をするまいと祓いをする船が漕ぎ寄せたら、大海原に追いやってしまいましょう)

 と贈ってきたので、あて宮は

「物も言わずに返すのは気の毒である」
 ということで、女房の中納言に伝言させて、

 みそぎして見ぬより人を忘れてふ
       舟をはなたぬ風やなからむ
(我が恋忘れさせ給えと禊ぎをして、恋人を見ない前から忘れるような人の船を、吹き払わない風はないでしょう)

 と言って、贈り物を皆返してしまわれた。
 

 船団を見渡すと、婿君のある姫達やあて宮の乗船している船の船端に仲忠、涼、そして姫の婿達が座って話をしているのを源宰相実忠は見て羨んで、

 なみたてる松のねたさを難波津に
        返々もみそぎするかな 
(松のように並び立っている人達が妬ましい。恋忘れさせ給えとこの難波津で度々祓いをするのに、験がなくて思いはまさる)

 あて宮

 神岳のみそぎなるらん岩の上に
        こもれる松の生ふる岸かは
(貴方の思い違いですよ。岩の上に繁る松の岸なものですか。かみおかの祓いでしょうよ)

 源宰相実忠は、女房の木工の君を通して、言う。

 住吉の松のゆかりとたのむかな
        難波のみそぎ神や受くらむ