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私の読む 「宇津保物語」  菊の宴 ー2

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(八百万の荒神(あらがみ)に祈ってお願いしたのだけれど、とうとう貴女は何も仰いませんでしたね)

 多くの年月がありながら、貴女を得るための工夫もせずに済んでしまいました。

 と送った。

 あて宮は読んで、
「春の残りは、まだ決まったものではないのに」
 と、笑っただけで返事はなし。

 兵部卿の宮より
「水の上に数を書くとか言うように、どうせ無駄なことだと存じますが、気の紛らしようもなく辛う御座いますので、どうして忘れることが出来ましょう。

 と、

 ふたつともふみゆくかたはなきものを
       あとにつきつゝまどうふ心か 
(文を上げることも近づくこともその二つとも実行できないのです。きっぱりと諦めるべきなのに、なんとまあ、後から後から惑う心がついて回るものでしょう)

 嗚呼、辛いことだ。どのようにしたらよいのか」
 と、あて宮に送った。

 平中納言は、
「甲斐のないことをこんなに思って悩むよりも、死んでしまいたいと思いますが、それさえも、心に適うものでないので、

 それで、

 身をなげんかたさへぞなき人を思ふ
       心にまさる谷しなければ
(身を投げるところさえない、人を思う私の心に優るほどの深い谷がないので)

 どうしようか、どうしようか」

 とあて宮に告げるのであるが返事はない。

 三の御子、雨の降る頃に庭の紅梅が盛んに匂うさかりに、

 紅のなみだのながれたまりつゝ
       花の袂のふかくもあるかな
(思い悩む余り紅の涙が流れて溜まって染めた、あの色の何と深いことでしょう)

「大空は恋しき人のかたみかは 物思ふごとにながめらるらむ(大空は恋しい人の思い出の品でもないのに、どうして物思いにふけるたびにひとりでに眺められるのだろう)酒井人真 古今集743」
 この気持ちです。

 頭中将仲忠

 涙川うきてながるゝ今さへや
       われをば人のたのまざるらん
(涙川に浮き名を流す今となっては、私を誰も信頼しないでしょう)

 袖の濡れたのを人から注意されます。

 源中将涼

 ありそ海のまさごの数はしりぬれど
       かぞふばかりのあとをこそみね
(貴女に対する私の恋は真砂の数えても尽きない程なのに、ほんの僅かなしるしすらお見せ下さらないのですね)

 他に比べる人もいませんね、

返事はない。

 仲純侍従。庭の木の芽がどことなく霞んで見えるのを詠んで、

 わがごとや春の山邊もこがるらん
        なげきのこのめもえぬ日もなし
(私と同じように、春の山邊も恋焦がれているでしょう。嘆きの木の芽が燃えない日とては有りません)

 山にも私の恋が一杯に広がったような気がします。

 このようなことを言われたが答えなし。

 源宰相実忠、

 萌えいづる若楓ともなりななむ
        さてもや人におよばぬとみゆ
(今も萌え始めた若楓になりたいものです。そうなれたら今まで恋し続けた人には及ばないと諦めることが出来るでしょうから)

 兵衛行正

 たましひを人にかよはでなりぬれば
       わがあつさをもしらでやあるらむ
(魂が人に通じなくなったので、私の熱い思いをご存じないのでしょう)

 と思うのも大変に辛いことです。

 そんなような文があった。

 大内記になった藤英はときめいて盛んである。春宮には、学士に抜擢され、清涼殿への昇殿が許されて、毎日の日記、公文書私文書を僅かの間に作成するので、帝を始め高官の人に大事にされる。色々な人から娘の婿にと言われるが、藤英は耳を貸さず、窮乏で弱っているときは、自分を虫か鳥のように軽蔑された。たとえ私の髪の毛に火がついたり、私が大海に流されたりしても救うようなことはしない。

 藤英はかって七夕祭りの日に勧学院の学生が列を作って正頼殿に向かうときに、古くなってちぎれた袍を、下襲の半臂(はんぴ)も重ねずに、太い絹糸で粗く織った帷子を上に着て上の袴下の袴も無し。冠が髪を入れるところだけ残って額も縁の磯、纓(えい・よう)も無くなり冠とは名ばかりの物を被り、粗末なわら草履を履いて、顔色悪く痩せ細ってふらふらしながら出てきて、

「季英(すえふさ)この行列の最後に入れて貰いましょう」

 と、列に入った。博士始め友達一同が藤英を見て大笑いをした。

 この恥を忍んで出席して、ときめく左大将勧学院別当正頼に見られて、藤英の実力を認められたればこそ、少し世に出て人並みになったのだ。それは、一つは天道が公明であるから、一つは学生として自分に力があったからである。

 昔は私にとっては天人かとまで思われた高貴な方々と、今は肩を並べて同等に交わり、自分より位の上であった人を、今では自分の下に見ている。

 もともと及びもつかないと諦めていた宮中を馴れ馴れしく考える事が出来たのは、佛のお陰である。

 私を嘲弄する公卿達よ、浅緋の袍を着る五位の者達に、更に娘達を私に会わせなさい。自分を婿にすれば、昔のお気持ちに逆らうことになりますよ。などと思っていると、左大将正頼は春宮大夫でいらっしゃるのを、藤英に辞表を作成させるために呼ばれて、南大殿を綺麗にして藤英を待たせた。

 正頼は正規の装束着用して藤英と面会する。
 清潔で、清々しいご馳走を綺麗な器に入れて、藤英に杯を差し出す。正頼の息子達も集まって、杯を持って、正頼はそれぞれに酒を注いで廻る。

 藤英に辞表を書かせて、暫くすると、正頼は、あて宮のことを思って魂を亡くさんばかりに心が惑い、身体が熱くなったように感じた。

 藤英は、藤原氏の氏の長者の家に慶事があった時、勧学院の学生一同が整列・練歩して、慶賀のため
「勧学院の歩み」と言われた列を作って歩んだ時に、正頼の娘のあて宮を恋しく思ったからこそ無理して列に加わったことが、今の自分の立場にある切っ掛けであったこと、そして今このように正頼の御殿で正頼、その子供達と面会出来る立場になった。

 そこで藤英は思うことを述べてみようと、宮あこ君(十一郎行純)に、あて宮宛の文を渡す。

 もの思ふに胸だにもえぬ物ならば
       身より焔はいださざらまし
(思いに堪えられないに付けても、胸だけでも燃えないのでしたら、身から焔を出さずに済むでしょうに)

 そういうわけで隠れるところもないので、やむなくお文を差し上げるのです。

 と書いて、
「この文は普通のことを申し上げるのです。あて宮に渡してください。御覧になったら御返事を貰って下さい」
 と言って行純に渡す。行純は、

「そうですね、姉君は、こういう消息文を御覧になりません。それでも、折を見て差し上げてみます。

 ところで、久しく漢籍の勉強をしていただけません。『人前では読まないように』と仰いましたので、読んではいませんが、変なことですね」

「ここのところ忙しくてね。それでも、あて宮に文をお渡し下さるなら、春宮様並に学士としてお仕えしてご勉学を見ましょう。文の作文も良く教えて差し上げましょう」

「どの先生もそう仰って、教えてくださらないので、馬鹿になってしまいます」