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私の読む 「宇津保物語」  菊の宴

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 優婆塞(うばそく)がおこなふ山の椎がもと あなそば/\しとこにしあらねば
(優婆塞が修行をする山の椎の下は、床ではないので、なんと居心地が悪いことでしょう)
 優婆塞は在家で僧の修行をする男。

 八葉盤(やひらで)を手にとりもちて山深く 我折りてくる榊葉の枝
(やむひらでを手に持って私は山に深く入って、榊葉の枝を折ってくる)

 山深く我折りてくる榊葉は 神のみまへに枯れせざらなん
(山深く入って私が折ってきた榊葉は、何時までも枯れないで欲しい)

 などと唱うほどに、兵部卿の御子が、あこ宮を仲に立てて大宮に案内を請われたので、東の大殿に座をこしらえて、対面された。

 大宮は
「夏神楽の折に河原で楽しくご訪問を受けましたが、同じ神楽の今宵のように、神の御徳によらなければ、お訪ね下さらないのですね」

 兵部卿の親王
「このところ時々民部卿のお方(五姫)の許へ参っておりますが、良い機会が無くて、消息失礼いたしておりますところ、今夜は松方や時蔭の声を必ずお聞きになられると思いまして、このような好機にと、お目に掛かりたくて参りました」

「私も貴方がお出でになるときもあると聞いていましたが、なんとなく気持ちが落ち着かなくて、訪問するときもなく時が過ぎてしまいました。母の嵯峨院の大后の所にお訪ねになりますか。ご病気だと承っていますがどうなさっておられるのやら。お見舞いに伺わなければと思ってはいますが、うちの姫達のことで伺えなくなってしまいました。

 何となく周りがざわめいて、色々なお付き合いを怠ってしまって」

 と大宮は言われるので、親王
「先日参上いたしました。たいしたこともおありようではありませんで、いつもの熱が出たご様子でした。貴女様や皆さんのことをお話でした。

『これこれの人に会いたいのであるが、老い先短いように感じて、生きている間に孫達に逢いたいものだ』

 なんとなく迫ったように仰いました」

「母君が不安に思うようなことの無いようにと思うのですが、思うようには成りません。此方にお出で頂くことも難しいでしょう。何でもない人でさえ、色々と有るのに、私の姫達、おおい殿(正頼第二夫人)の姫達などと嵯峨院大后はお会いしたいでしょう。

 また不都合な姫もおりますが御めに掛けようとは思いますが、大変に恥ずかしいことで、大后がお会いになった途端に軽蔑なさりはすまいかと、それでも連れて参りましょう。親王達は常にお見舞いに上がっているとは聞いています」

「人々が宮が雪見の宴をなさいましたあの際に参加いたしました。みんなと色々と話をされて、此方のことをお話しされて、

『どうなのだ、三条殿には参っているのか。正頼様と大事な話があるのだが、良くも申し上げずにいられたものだ、こう言っていたと大宮に告げなされ』

 と、仰いますので、何の御用か承って参りましょう、と申しますと、まあ、このことは詳しくは言わないで、と

『あちらに申したいことがあるが、ご存じだろうか。お忘れにならないで下さい』

 と、申されました。私は何も申し上げませんでしたが、どんなことでしょう」

 と、親王が言われるのだが、大宮は知らん顔で、
「何でしょうか、分かりませんね。大后から承った人が忘れてしまったのではありませんか」

「大宮はお分かりで、口には出さずに考えてお出でなのだろう。心の中ではもう決めておしまいだ」

 と親王は思うが、我慢が出来ず、大宮に

「それでは、今更申し上げても甲斐のないことですが、本当に思いを忍んで参ったことをまずはお聞き願ってと思う。常々密かに思っていました事が終に夢と消えてしまいましたこと、私を数の中に入れていただければ、こんな冷淡な扱いには成らなかったでしょう。同じ腹の姉上ではありませんか、頼みにしていましたのに、あて宮の問題にしても他人より先に考えていただけると思っていました」

「なぜ甲斐無いと仰います。貴方が仰るとおり、私も考えたことがありますが、一方ではまた、適当ではないと思ったのです」

「お一方だけに申し上げるのも仕方がないことですから、どうかと存じました」

「御覧になるような者は一人もありませんので、その内少しはましな娘が産まれるかと待っているのです」

「この間春宮御所で承ったので、絶望してしまって少しの間も生きているそらはありませんから、死んでしまわないうちに、こういう訳だったと申し上げようと存じまして参上しました。心魂砕いて初めてお慕いしたこの身こそが、辛く悲しく思っていることを思ってください」

 泣く泣く大宮に訴える。

 大宮は宮内卿の宮の言うことを注意深く聞いて、
「貴方に言うおうと思ったこともありましたが、特別には」

 と言って、立ち去られた。

 こうして夜が更けるに従って、才達の音楽を調子を合わせて演奏する。神歌を唱う頃に楽器も声も豊かになってきて楽しく聞こえてくる。

 このとき侍従仲忠、何時にも増して装束を決めて、夜も更けて現れた。それを見た正頼は、こちらへと呼んで前に座らせて、

「今夜は神のおかげだと嬉しく思ったのは、貴方がお出で下さったことです。賭物賞品は、今夜は神を祭る厳かな日ですから、もう一度貴方の琴の音をお聞かせ下さったなら直ぐに、かって私が申し上げたあて宮を差し上げるでしょう」

 と騙して言いながら琴を取り出して、「どうぞ弾いてください」と切に頼むのであるが、仲忠は手も触れない。二人を見つめる女君達も

「多くの人の中に心憎いほど美しい方」
 と仲忠を見つめていた。

 こうして、巫女達も舞い終わって、才達に細長一襲、袴一具づつ与えて、上達部親王達は供人までもかづき物を。歌を唱う近衛府の衛府(物の節)には禄を与えるなどをした。

 神楽以外の管弦の奏者は休みなく演奏をする。
仲忠は笙の笛、行正は普通の笛、仲頼は篳篥(ひちりき)、主人役の正頼は和琴、右大将兼雅は琵琶、兵部卿の親王は箏の琴、調子を合わせて合奏される。

 終わるとみんなで才名乗り(ざえなのり.)などをする。
 才名乗りは。 昔、宮中の神楽で、人長(にんじょう)の問いに対して、才(ざえ)の男(おのこ)が自分の得意とする才芸を名乗り出て、こっけいな問答をする余興である。

 主人役の正頼は
「仲頼朝臣、何楽器が得意なのじゃ」

「山伏の才が得手です」

「それでは山伏の才をしてご覧なさい」

「あな、まつくさのかや」

 正頼

「行正朝臣、何の才があるかな」

「筆結の才(ふでつくり)があります」

「其れでは、やってみなさい」

「わたりがたきものは冬毛なりや」

「仲忠朝臣は何の才がおありかな」

「和歌の才を持っています」

 正頼
「それでは詠ってみよ」

「難波津にあります。冬ごもりの頃で御座います」

 と言って、被り物を被って奥に入ってしまった。

 正頼は
「仲純、何の才がある」

「渡し守の才が御座います」
「風早のよや」

「祐純何才がある」

「樵夫(きこり)の才が御座います」

「画だけではないのか」

 などと盛んに言いあっていると、源中将涼が階下より入ってくるのを正頼は、

「あの方は何の才をお持ちでしょうか」