私の読む 「宇津保物語」 祭りの使い ー2
(心許ない限りです。まだお文を頂けないとは。そういうわけで貴女は実意のない方だと思いますよ)
有る月の良い晩に、あて宮(九姫)、いま宮が(十姫)、御簾近くにお出でになって、箏の琴あて宮、琵琶いま宮が演奏なさって月見をされるのを、仲忠の侍従、隠れてお聞きになる。その調べが自分の弾く手と違わないのに、心が騒ぐ。
「私の生涯は、例え破滅になっても、あて宮を奪って隠れてしまいたい」
など思うが、母親の北方のことを考えると、一層気の毒になる。
色々と悩んで仲忠は御簾の側まで行って、あて宮の女房孫王の君に、
「先日の御返事を、どうしてあて宮に催促して下さらなかったのか」
「侍従の君と碁をなさっておいででしたので」
「聞いている者の心の持ちようだろうか、あて宮の琴の音が身にしみて聞こえます。
琴はあて宮ですが、琵琶は誰が弾いておられるのか」
「いま宮ですよ」
「今でもあれほどの琴であれば、将来どれほど上手に成られるか、さて、こういうように心惹かれるから、人は過ちをする事になるのでしょう。
私などはよくよく我慢をするのですが、もう辛抱しきれなくなりましたな」
「感心できないような方がそういう心になるのですよ。嫌なことを仰いますな」
「幾度思い返したことでしょう。しかし、このままでは済まされない。どういたそう」
「何も仰いますな」
と言って女房孫王の君は、御簾の中に入ってしまうとするのを、仲忠は
「ご覧なさい、そう申したとしても、今まで悪いことをしましたか」
と言って引き留めて、
「実はどうかして、物を隔ててでも一言申し上げたいのですが、そういうことは出来ませんか」
「まあ、嫌な図々しいことを仰いますね。貴方の文の返事をあて宮は書きづらいと思っておられることを、何とか取りなしているのです。お会いすることなどをお考えになることだけでもあきれたことです」
「変なことをお言いで、。宮中では姉上の仁寿殿さえ、私を時々召されて、仰せ事があるのです。
どうして皆さんはそれに触れないように為さるのです」
「それも人が間に立って申し上げるのでしょう。宮中でなくても、私達はあて宮にお取り次ぎしなかったでしょうか」
仲忠はりんどうの花を折って白い蓮の花に笄の先で書く
あさき世になげきてわたる筏師は
いくらのくれかながれきぬらん
(浅瀬を嘆いて渡る筏師は幾年月をこうして暮らしてきたことだろう)
このように思って久しくなりますのを、せめて今夜は直接一言だけでも申し上げたいものです。いずれご返事は為さらないでしょう、お聞き下さる分には何の咎もありますまい。
このように思いを持ってどのくらい経つか。せめて今夜は一言でも申し上げさせていただきたいものです。
御返事は為さらないでしょうが、お聞き下さる分には罪には成りますまい。
と、あて宮にさしあげる。宮は見て。
「何処にお出でになるの、仲忠様は」
女房孫王
「東の簀の子にお出でです」
「では、私の弾いた琴をお聞きに成られたな。ああ恥ずかしいこと、仲忠様は音楽の名手ですよ。私は何もお聞きはしない」
と、奥に入ってしまった。
仲忠はそれを聞いて、
「情けないこと、私の御仏、今夜でなくともいつかお会いできるように計らってください。人よりも、親に孝行をしようとする気持ちは大きいのに、あて宮に恋するようになって片時も生き長らえようなどとは思わなくなったので、今更であるが親不孝に成ってしまったのであるが、辛いけれど、あて宮への激しい想いが少しでも静まるからと思うからです」
仲忠は黒方を銀製の置物の鯉の口に咥えさして、その鯉に次のように詠って書き付けて、贈った。
よもすがら我うかみつる涙川
つきせずことのあるぞ侘びしき
(一晩中私は涙川に浮かんで、果てしのない恋に悩んでいます)
あて宮は無言。孫王女房
「今度は御返事遊ばせ。めったに口をきかない物静かな仲忠侍従が、招待もなく泣き惑っておしまいになられたので本当に可哀想で」
「嫌な噂が立ったら、孫王のせいにしますよ」
と、銀の籠に沈香の松明を点して、沈木の男に持たせて次の歌を書いて仲忠に渡す。
かはの瀬に浮べるかがり火の
かげをやおのがこひとみつらん
(川瀬に浮かんでいる男は、篝火が水に映っているのを自分の恋だと思っているのでしょう。貴方の恋は影に過ぎないのです)
あて宮の近くにいる人々でも、こういうように思い焦がれるのだから、まして、紀伊の国の凉は際限がないほど思い悩んで、姿が清らかな童一人綺麗な装束を着せて、時節に珍しい花、綺麗な紅葉の枝に綺麗な珍しい紙に書いて、毎日消息文をあて宮に贈る。
かず知らぬ身よりあまれる思ひには
なぐさのはまのかひもなきかな
(わたしの身から限りもなく溢れ出る恋の思いには、慰めるという浜の名も何の役にも立ちません)
ということで、見えないほどの塵さえ積もるということもあるのに、恋の思いの止まる様子もないのは心細うございます・
と申し上げた。正頼がこれを見て
「勝れた人々の間にまじっても恥ずかしくない文であるな」
といわれるが、あて宮は返事を書かなかった。
あて宮の住む中の大殿で庚申(庚申の日、昼の申の刻七つ(午後四時)から夜の寅の刻七つ(午前四時)までの間、猿田彦大神を祭り、供物七種類を奉る。道家ではこの夜眠れば三尸虫(さんしちゅう)が命を取ると信じていたので、徹して眠らない工夫が行われる)の日、男と女が左右に分かれて石はじきの遊びをする。仲純はあて宮の前にある硯に慰み書きのようにして
ぬるまなくなげく心も夢にだに
あふやと思へばまどろまれけり
(ねるひまもなく嘆く私の心も、夢でなら貴女に会えるかと思うと、眠ってはならない今夜でもまどろみたくなります)
歌は書いている側から消えてゆく。あて宮は見ないようにして、物言わなかった。
源実忠宰相は恋の病に臥し沈んで、世の人々から
「死ぬのではないか、惜しい若者を」
と、言われながら、引き籠もって床について悲嘆に暮れてあて宮に文を書く、
「数の中にも入らない自分だということが自分に分からないように振る舞うのが恥ずかしくて、申し上げまいとそのたびに思い返すので御座いますが、こうして死んでしまうにしても、心細いままに終わるのが悲しゅう御座いますので、さて、
涙だに川となる身のとしをへて
かく水茎やいづちゆくらん
(涙でさえ川となったほどの私が、これまで久しい間差し上げた沢山の文は何処へ行くことでしょう)
今にも死ぬばかりですが、万一ご返事が戴けるかと頼みにお思いしながら、辛うじて生きています。私の大切な君よ、助けると思って御返事を下さい」
あて宮
「こういう風には言えないものだのに、よく言えたものだ」
と、言うのだが、返事をしない。女房の木工の君が、
「せめてこの度だけは御返事なさいませ。お気の毒なことになってしまったと申して、皆様が気の毒がってお出でなのですから、人を助けると思いなされて御返事遊ばせ」
作品名:私の読む 「宇津保物語」 祭りの使い ー2 作家名:陽高慈雨