私の読む 「宇津保物語」 祭りの使い
ただ音楽の道を、人から馬鹿にされないように演奏し、和歌も謗られないように精進する。
仮名を書き、和歌を詠み、見た目が綺麗な女の噂を聞くと雲の上地下を掘ってでも探し求めて、懸想し、それを笑う人を全く無視している。
私が田畑を耕し、商売したり、労働で稼いで蓄財し、生活しているそれを、口を開けてあきれて見ている人を正頼は婿に迎えなくてはならなかったのか。
娘に夫を持たせる親の心は、娘が独り住まいでは貧しく頼り所もなく、やがては親が面倒を見なければならなくなる、それを避けるために娘に婿を取らせる。
正頼殿の為さることは、婿取りの本当の意味からはずれていなさる」
聞いて宮内女房は笑って、
「端から御覧になればそうかも知れません。婿君達は裕福で、勢力もおありになって、多くの宝を散らす方法もない方々で御座います」
「物は家屋や蔵に一杯になるほど収蔵して、動かさないのが最上の方法である。
もし野望のある者が、盛徳を得ようと、荘園の産物を贈り物とするので、正頼は豊かなのであろう。
それを、正頼一家の者、随身、童等みんなで費ってしまったであろう。
いまでも遅くはない、このような下らないことをしないで、しっかりと頼みになることをなさいませ。
今、頼もしい婿と言えば、滋野眞菅宰相を置いて他には居ない。あの方は太宰の帥を離れて都に戻る旅で北方を亡くされ、あて宮に懸想なさった。少し歳は召されているが。
だが七十には成らないであろう。立派なお方だ。お心円満で、しっかりしていて、浪費は為さらず、貯蓄と言うことを良く心得ておられ、難のない方だ。
その辺の所を考えると、眞菅かこの高基が、九姫の夫となるに相応しいだろう。
惜しいことに、評判の九姫に、例の男達を婿にと考えておられるようだね。
貴女から正頼、北の方に仰ってください、
『娘は若いときに、貯蓄し暮らしに心得のある人について、やがて、一家の主婦となり、家の中に欲しいものは何でもあるというような人の所へ行くのが、将来頼もしいのです。
子孫が衰えるようじゃたいてい自分も貧乏になるのが普通のようです。浮ついた気持ちで宮仕えなどする人は、時も場所もわきまえず。亡き親の名誉を傷つけ、末々上手く行かないものです。
九姫は此処へお寄越しなさい。左大将正頼殿には心配をお掛けしないし、子の代、孫の代も安心して暮らせるようにしてあげましょう』
こういう風に私が申していたと、正頼殿にお伝えください」
宮内女房は、
「以前にも北方の宮に
『高基様がこのようにおっしゃいます、現在高基様には北方がいらっしゃいません、姫を差し上げなされては』
と、申し上げたことが御座いましたが、
『本当に釣り合いが取れた御方でありますが、さしあたって、その年頃の姫がいないのが残念である。あて宮は、只今東宮が喧しく入内を言われるが、どうしようかと考えている』
と、仰いました」
高基は女房宮内の話すのを聞いて、不満の爪弾じきをして、
「運のないあて宮でいらっしゃるな。その東宮はどのような方と思っておられるのかな。只今は、右大将兼雅の子仲忠とか言う風流者を東宮はお気に入りで、夜となく昼となく楽曲を楽しんで横に侍らせておいでなさる。
仲忠は東宮に参内してどのようなことをしているのか、親がかりの綾錦をまとって、綺麗なものを好み、衣服を直して音曲を奏で、将来頼りにならない者だ。気の毒なことである。
大体、この仲忠が東宮に悪知恵を付けたのだ。仲忠はまだ何も分からない浅はか者だ。装束をして、従者を侍らせ大層容姿を調え、知恵が良くても無駄なことである。
家の中に財宝がないからといって、器量というものを蔵に収納できますか。そのようなことはしないだろう。
正頼が九姫のために心配をするのも親子の宿世である。
例え九姫を国王や東宮に差し上げても、必ずしも幸せではない。九姫に真の幸福があるならば、私の所にいらっしゃるだろうから、なおよく申し上げてください」
と、言うと無骨な古めかしい箱二つに、東絹と遠江綾をそれぞれに入れて、ごわごわした中質の紙に次のように書いて贈り物とされた。
蔭ながら貴方様へ実を尽くして長年になりますが、あなた様が私のよばい文(求婚の文)を御覧下さらないのを心に嘆いております。
宮内女房から貴女様え申し上げますでしょうが、私の周りには貴女が不安に思うような女はおりません。ただ貴女を高い山とのみ崇めてご信頼申し上げましょう。必ず一身上のことを顧慮為さるようにお願いいたします。
さて、これは些細な贈り物ですが、貴女様の下仕え達にお与えなさるだろうと思いまして。
宮内女房に銭を渡して、文を頼んで帰らせた。
このようなことがあって、帥眞菅は、例の九姫と
「ところで、あて宮に昔から仕えている老女房がいた。殿守という名前で呼ばれていた。眞菅は呼び出して、眞菅があて宮を妻に迎えたいと相談する」
(藤原の君)
と、前に述べた殿守を再び家に呼んで
「あの九姫あて宮を北方としてお迎えする筈の日を二十一日決めた。九姫の忌日は何日なのか」
「何日か私は詳しいことは分かりません。ところで、急にお迎えなど為さらずに、よくご連絡をおとりになって、ご了解を得てから、はっきりしたことをお決めなさい」
「何もその様なことをする必要はない、疑われるような身分ならばいざ知らず、贈り物をしようという物持ちだし、その上に独り者だ。官位もある。何一つ夫人として障るものはない、お嫌いになるようなことはないであろう」
殿守
「その通りでいらっしゃいます。あて宮のご両親がどうしてこれをお許しにならないことが御座いましょう。貧するが殿守が此処にいます、必ず願い事を叶えて差し上げます。そうではありますが文をお書きなさい」
そこで、眞菅は子供の蔵人、木工助を呼んで
「お前達を世話をしてくれる継母となる女が、珍しいと思うような歌をを一つ詠みなさい」
聞いて蔵人は大笑いして
「藤原の君」の絵解きに ここは、太宰の帥眞菅の屋敷。檜皮葺の母屋と倉が沢山ある。子供の右近少将、次男の木工の助蔵人が描かれている。三男の東宮坊の坊官で武官帯刀が並んでいる。
とある、次男の木工助は笑って父親眞菅に
「貴方のために色々としてあげましたが、格別人が褒めてくれません」
「それなら誰が女達を感心させるのだ」
「兄の右近少将か、弟の帯刀でしょう、人が驚くほど上手く詠みます」
「その帯刀の歌に前回は感心しなかったよ。少将に頼もう」
と、眞菅は長男の右近少将に頼むと
「簡単なことですよ」
と言って詠む。良質の色紙に、
常々仲人の宮内には絶えず申し上げさせておりましたが、最近お出で頂く筈の汚れた所を掃除させるためにご無沙汰申し上げました。早くこちらへおいでになる心用意をなさって下さい。直ぐにお目に掛かって細やかなお話をしていただこうと、お待ち申しております。
作品名:私の読む 「宇津保物語」 祭りの使い 作家名:陽高慈雨