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私の読む 「宇津保物語」 祭りの使い

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       こもれる根さへ涼しかりつる
(どの枝にも平等に風が吹いたことでしょう。奥に籠もっている根まで涼しゅうございました)
 正頼

 奥山に松のふるねをのこしては
岸になびくぞかひなかりつる
(奥山に松の古根を残して来たのでは、岸の納涼も甲斐がありませんでした)

 と、歌を交わして正頼、
「賀茂の神楽は17日に奏さなければならない。その準備をなさいませ」
「眺めのよい河原が宜しいでしょう」
「右大将兼雅が仲忠の母を住まわせている桂殿は、仲忠が真剣に考えて造らせたものです、考えに入れておいてください。他に場所がありませんでしょう」

 そうして神楽が行われた。

 大宮と、長女の女御の君、左大臣娘の北方を始めとして廿代までの人は、青朽葉色(表は青、裏は朽葉色)、廿代以下は二藍(表、赤ばんだ濃い縹色)小袿。供の人、大人童共に赤色の唐衣に二藍の表着。神楽の舞姫(御神子)赤色に二藍。下の仕え人は檜皮色を着る。

 榊を左右に刺した車廿台で、、四位五位の従う者は数知れず、桂川に向かう。

 到着して、一番目の車から舞姫を下ろすと、彼女たちは舞いながら中に入る。桟敷でお祓いをされる。

 神楽の人たちは、催馬楽を担当する右近将監松方、笛を担当する右近将監近正。篳篥(ひちりき)担当の右兵衛の尉時蔭。神楽、催馬楽の歌を上手く唱う殿上人、殿上の場に居合わせる者達みんなを連れてきた。宮中に残っている殿上人は居なくなった。

 正頼始め全員が集まって酒宴が始まり箸下ろしが始まると、皆さん一斉に食事に入るころ、右大将の兼雅が趣向を凝らした小舟で川向こうから、色々な珍しい物を盛りつけ、お酒を珍しい胡瓶(こへい)と言う舶来の酒壷に入れて、舟の中で土器を持って、侍従仲忠に狛楽の曲を弾かせながら正頼の居る岸に着いた。

 左大将正頼は大いに喜んで川岸に左司の朝臣と殿上人、君達みんなが集まり楽を奏して、正頼は催馬楽の「我が家」という歌を歌うようにして、

 そこ深き淵をわたるは水馴草
       ながき心も人やつくらん
(底の深い淵を渡るには長い水馴棹が必要であるように、人々も気長な心になるでしょう)
 と、詠った。

 催馬楽「我が家」

 我が家は 帳(とばり)帳(ちょう)も垂れたるを 大君来ませ 婿にせむ 御肴(みさかな)に 何良けむ 鮑(あわび)栄螺(さだを)か 石陰子(かせ)良けむ 鮑栄螺か 石陰子良けむ

 兼雅右大将は、同じ催馬楽の「伊勢の海」の調子で

 人はいさわがさす棹のおよばねば
       深き心をひとりとぞ思ふ
(貴方は何とでもお考えなさい。私のさす棹が届かないから、私だけが深い心を持っているのだと思う)

「伊勢の海」は次のように詠う

 伊勢の海に清き渚に潮間(しおがい)に、浜藻や摘まむ、貝や拾はむ、玉や拾はむ

 と、渡って左右近衛の人々が楽を奏して居並ぶ。

 また、同じ河原に兵部卿の親王も御祓いにお出でになったのを、正頼は喜んでお迎えして同じように席に着いた。

 このとき、東宮より蔵人を使者として、

 うちはへてわれにつれなき君なれば
        けふの祓もかひなかるらん
(前々からずっと私に冷淡な貴女だから、今日の祓いも貴女には効き目ないでしょうよ)

 あて宮は、

 あふ事の夏越の祓しつる哉
        大幣ならむ人をみじとて
(引く手あまたのお方にはお目に掛かるまいと存じ、会うことのないようにと、祓いしました)

 今日の祓いは神もお聞き届けになるでしょう。

 と返歌を書いて使いに渡して、女の装束一具与えた。

 こうして夕方に姫達は御簾をあげて、几帳を並べ前の滑らかな小石や、角角した小岩などを拾い、川水が沸き立つのを見ようと、あて宮の女房、孫王、中納言、兵衛、帥の君達が、可愛い童達が琴を巌一つごとにおいて演奏して、みんなに歌を詠ませなどしておられると、あて宮以外の姫達は中々面白いことと思う。

 仲忠は御前に来て女房の孫王に言葉を掛けるが、前に湧く水を見て、

 かはべなる石の思ひの消えねばや
        岩の中より水のわくらん
(河辺にある石の思いが消えないで燃えているから、岩の中から水が湧き出るのでしょう)

 数にはいらない者だとしてもお取り次ぎ下さるでしょう。

 孫王女房の答えは

 そこをあさみ岩間を分けて行水は
       わくとみれどもぬるまざりけり
(底が浅いので、岩間を分けて出る水は、湧くと見えはしますが、温かみさえも致しません。貴方は燃えているつもりでも水はちっとも温かくは成りませんよ)

 と、話していると例の実忠宰相が兵衛女房の許にある文を、姫達皆さんが御覧になって、大笑いして何も言われないのを実忠が聞いて、またまた、次のよう、

 我が文は八百万代の神ごとに
       よむとも数はつきづやあるらん
(私の恋の願いが叶うまでは、八百万の神々がお読みになっても尽きないほど、文を書くでしょう)

 と言われたが、何も言葉がなかった。

 夜に入って、神楽が始まり一夜音楽を楽しむ。神楽も終わって、余興に人長(にんぢょう)が才の男を選んで物まねなどをさせると、兵部卿の親王が

「風流人の才はたいした物ですね」

 と言って、御前の岩の上に登って、大宮に物言うついでに

「常々申し上げたいことがありますが、機会がなくて申し上げられませんでした。今夜は神でも、まして人間ならば勿論のこと、願いを叶えてくださるでしょう。この数年、あて宮に消息を申し上げることがあっても、あきれるほど他の方のようには相手にしてくれません。あて宮に

『振り捨ててはならない人だ』

 と仰っては下さいませんか」

 聞いて大宮はお笑いになって
「何ですか、祓いの日は却って神々は忙しくて、他にばかり気を取られておいでだと思いますよ。気に掛かることですね、早く仰ってくださったら、左様の物思いをおさせしなかったでしょう。早く本人に知らせてやりましょう」





コメント

人長(にんぢょう)

 宮中で行われる儀式音楽,御神楽(みかぐら)の演奏に際して,演奏者たち(所作人(しよさびと))に指示を与え,進行係の役目を果たす人。神楽歌のうち〈早韓神(はやからかみ)〉と〈其駒揚拍子(そのこまあげびようし)〉では人長舞を舞う。全曲をとおして人長は歌を歌うことはない。巻纓(けんえい)の冠に緌(おいかけ)(黒い馬の毛で作られた半月形のもの2枚を紫のひもでつなぎ,冠の両側につけてあごで結ぶもの)をつけ,神事にのみ着用する白い練絹の袍を身につけ,太刀を腰に佩(は)く。 (ネット コトバンクより)

才男・細男(せいのう).
《「のう」は「男」の字音「なん」から》
1 御神楽(みかぐら)で、人長(にんじょう)の舞のあと、こっけいな物まねをした人。
2 平安時代ごろから、神社の祭礼や御霊会(ごりょうえ)などで、特殊な舞をまった人。また、その舞。現在、奈良の春日若宮御祭(おんまつり)で行われる。さいのう。
3 八幡系統の神社の祭礼などで、行列の先頭に立つ人形。