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私の読む 「宇津保物語」 祭りの使い

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(雲井から降ってきた玉のお言葉は、袖に入れてみるだけでも限りなく嬉しゅう御座います)

 正頼は使者の行正と共に源季明と平中納言が訪問してきたことは全然知らなかった。松明を兵衛の尉達がかざして二人殿前の広場に入ってくると驚いて右大臣忠雅と式部卿の親王はあわてて階段を下りる。

 尉の松明に照らされて左大臣源季明と平中納言が庭に現れると忠雅と式部卿の親王が出迎える。

「どうぞ何もご心配なく」
 と、階段を上って席に着く。正頼は、

「夜深くなりましたのに、お出で頂き恐縮で御座います」

 左大臣季明
「今朝内裏に上がりまして、今まで伺候致しておりましたが、ある人が帝に近衛や馬寮や卿達がお集まりですと帝に申し上げられたので、帝が驚かれて『蔵人を正頼方に使いに出そうと思うのだが、貴方もついて行かれては』と仰せに成られましたので、行正と共に参上致した」

 正頼喜んだ。

 こうして左と右の馬寮の頭を、左右の大将がその任に当たり、上達部、親王達が二手に分かれて勝負を始める。

 左の乗尻(のりじり 競馬の騎手)は左近将監から始まり物の節(近衛の舎人その他の役人の中で雅楽の技能あるもの)までのなかで競馬に巧みな者を選ぶ。

 右の乗尻も右近将監以下を同じように選んで、西と東に別れて馬場に並んだ。

 松明は廊下から御前まで並べて灯火した。馬場の出口から馬を止める柵までぎっしりと褐色の服装の者達が騎手達を照らした。照明係全員は兵部省(烽火を担当する)の男達である。

 廊下より北の方は、兵衛の尉から東宮の帯刀まで背丈の揃った者を選んで、何処もかも明るくなるように照らした。
 照明の松明をこれらの多数の者達が手にして馬場を明るくした。

 左右の騎手は乗馬して整列し、柵に沿って本日の正客の前に来る。騎手の名前の札を結びつけて、全員が大声で入場の声、乱声をあげて、勝負がつく度に楽が奏されて舞う。

 兵部丞が飾り付けた馬に乗って、埒(らち)(馬場の周囲の柵)に向かって、馬の毛色を会場の皆に伝える。二番目の勝負は右方が勝、乱声して舞う。

 三番目に登場した馬は、左が勝。四は右、五は左、六は右、七は左、八は右、九は左、それぞれが勝、

 九番まで勝負をしてその勝ち負けを数える。

 最後の十番目の勝負に、左右の将監が出場する。

 左右の頭始め馬場の選手全員が勝ちを祈って祈願する。勝負前に御前に並んだときは、同等のように見えたが、右頭に打ち込まれて左頭が負ける。

 こうして杯の交換が激しくなる。楽の演奏も盛大になる。姫達は、母屋の中にいて、母屋と廂の間に御簾を掛けて壁として、四尺の屏風を巡らして、その内側に座られて、そのまた内側に有る限りの屏風を巡らして、姫達は御覧になる。

 左大臣季明
「ここには、大事なお客さんもお出でになることでしょう。このような折りに杯を交わそう、子供の実忠も正頼の許にいるはずだが、姿が見えない、何をしているのだ」

 主人の正頼は
「身体の具合が悪いと聞いておりますが」

「おかしな事、病などに冒されるような子供ではないのにどうしたことなのかな。かねがね貴方に申したいことがあったのだが酔いにませて言おう。つまらない次男の実頼でさえ婿にしてくださるらしいのに、どうして実忠に限ってお近かづけに成らないのですか。多くの兄弟の中で一番できが良いと思っていますのに。侍従仲純同様に実忠も可愛がってください」

 正頼は大きく笑って、
「仲純と同じように思うには、何ごとも知っていなければ成りません、私は本気でそう思っております。しかし実忠殿がお気に召す娘はいません。それにしても、どういたしましょう五月雨の五月になってしまいましたが」
 五月が結婚の忌む月であることを正頼は言う。

 季明左大臣は杯をもち
「其れは、貴方から何回も聞いています」

 時鳥なく音ひさしく成りぬるは
       さみだれながら幾よふればぞ
(時鳥が久しい間鳴いているのは、五月雨だと言って毎年断っておいでだからです)

 主人の正頼は

 ほとゝぎす花たちばなに宿ればぞ
       なほさみだれも常磐なるべき
(時鳥が花橘に宿っておいでになるから、何時までも、五月雨だと申し上げていなくてはなりません)

 実忠殿のことは何時も考えています。

 こういうことで、一夜を管弦と舞で明かして、上達部、皇族方には女の装い一揃い、そのほかの者には、白袴を贈った。

 松明を持って並んだ褐色の男達、馬寮の使用人、、近衛の舎人で雅楽を奏した者(物の節)に腰指(褒美として与える腰に差せるように巻いた絹)と布を与えた。

 遊び明かして早朝に参会者全員は帰っていった。

 そうするうちに東宮が、

 ためにしも人のひくべき菖蒲草(あやめぐさ)
       この五月雨を今もあへなん
(長い譬えに菖蒲の根を例に取るが、同じように長い五月雨を今も堪え忍ぼうとしているのです。可哀想だとは思いになりませんか」

 妬ましいとは思われませんか。早く入内して。

 あて宮

 言はざらんことぞくるしきうき身こそ 
       世のためしにもなるといふなれ
(申し上げたいことも申し上げずにいるということは苦しいもので御座います。苦しい思いに悩む辛い身の私こそ、世の中の試しにも成るのでしょう)

 兵部卿の親王(正頼北方の弟}

 よ所にのみ思ひけるかな夏山の
     しげきなげきは身にこそ有りけれ
(今まではよそ事とばかり思っていましたが。繁っている木、繁茂は、夏山だけにあるのではなくて、私の身にもあるのでした)

 右大将兼雅から

 わびはてて何の心もなけれども
       猶夏の夜はながくもあるかな
(ふさぎ込んでぼんやりしていますのに、やっぱりあなたを思い続けているのですね。夏の夜は長いと思いますよ)

 平中納言正顕

 わびぬれば五月ぞ惜しきあふちてふ
       花の名をだにきくと思へば
(貴女を思ってふさいでいるので、この五月が惜しまれます。この月ならば会えるかも知れないという木、あふち、の花の名だけでも聞くことが出来ると思いますから)

 源宰相実忠

 しづみぬる身にこそ有りけれ涙川
       うきても物をおもひけるかな
(涙の川に身は沈んでしまった筈なのに、浮けば浮いたで物思いに悩むのですね)

 自分の身が破滅になることを思わず、ただ志の届かないのがなにより残念です

 と、あて宮に贈った。あて宮は可哀想に、読んだが返事はしなかった。

 三の親王

 君がためかろき心もなき物を
    涙にうかぶころにもあるかな
(貴女を思って浮いた気持ちなどちっともないのに、この頃涙に浮かぶとはどういう訳でしょう)

 紀の國の凉

 いづこもまだしら雲のわびしさは
       いひやる空のなきにぞ有りける
(貴女はどう心が動いておいでなのか、まだ知らない私は、貴女に言いい寄るすべのないのが物足りないのです)

 侍従藤原仲忠、五月晦の日に、腐った橘の実に書き付けて

 たちばなのまちし五月に朽ちぬれば
       我も夏越をいかゞとぞ想う