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私の読む「宇津保物語」第 四巻  吹上 下

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「弥行が亡くなりまして、今年で六年になります。

『朝廷に仕えても公に認められない。琴の師として宮仕えするのは本意でない。いっそ山に籠もって菩提の勤めをしよう』


 と、深い山に入り勧業をしていましたが、涼が五歳の折りに、熊野に詣でまして、そこで出会いました山伏が、

『この世の中で琴を弾いて一応名の通った者と認められた。私の琴を弾く手法がこの世に伝わらないのが残念である、と今日までこの世に生きてきた。あなたが、この手法を受け継いでくれたなら、私は死んだ後でも貴方をお守りいたしましょう』

 弥行は私に伝授した後、

『今は早く、勇猛な獣に身を与えて、深い谷底に屍を曝そう』

 と言い残して、元の山に戻り籠もりました。その弥行の遺言を未だに実現できません」

 院の帝が驚くと共に弥行を哀れに思われた。

 朱雀の帝が内裏にお帰りになった。


絵解
 この絵は神泉苑。上達部や皇子達が居並んでいる。帝から題を頂いて藤原季英がただ一人大きな池に舟で出て作詩をしている。

 仲忠が琴を頂いて弾いている。雪が降って、天女が降りてきて舞っている。


 そうして源氏の涼は三条に家を造った。
 磨き清めた。銭を蓄財し、調度品を金銀瑠璃で飾り、種松が孫涼に贈ったものである。

 種松が北方を伴って都に上ってきた。種松は五位に任官をしたから緋の袍を着て白い笏(さく)を手にしている。北方は手を合わせて

「貴方が出世は思いも寄らないことです」

 おく露も時雨も避ぐとみし物を
      かはれる色をみるがあやしさ
(露も時雨も貴方を避けそうだと心配して、お気の毒に存じていましたのに、緋の袍を召した貴方を見るのは不思議な気持ちです)

種松

 雲におよぶ松の末だにあるときけば
      こもれる根こそ色かはりけれ
(松の末が雲にまで届いたおかげで、隠れた根も色かわりをする事が出来た)

 種松は紀の国へ帰って愉快に楽しく老後を過ごした。


 涼中将を婿にしようと世間が争うが、その様なことは耳にしないで、宮中勤務を真面目に送っていた。涼は誰からも立場を認められ信用を受けて重んじられた。

 涼は世間からもてはやされるのは、同じく五位に任官した藤原仲忠と同じであった。

 紀の國で忠こそ行者と再会した院の帝は、忠こそを大事にされて、院の中に戒壇を造り、忠こそに与えて側に侍らされた。

 忠こそは昔、弟子入りをして立派な教え受け、加持祈祷などをすると効果が現れる験のある賢い験者であったので、院の帝は帝に申し上げて真言院の長(阿闍梨)となされた。

 忠こその弟子や信者が次第に多くなり、俗界にあった時と同じように、世にときめいた。

 忠こそ阿闍梨は内裏の帝からのお召しがあって、昇殿する。

 内裏を退出して門をくぐろうとすると忠こそは背中を丸めて屈んでいる老女の乞食を見付けた。大きく破損をした市女笠を手にして、頭髪は雪のような白髪、墨よりも黒い顔、手足は針よりも細く、つづくった布のぼろぼろの着物で裾が短くなって脛が鶴の脚のように細長く顕れている。忠こそ阿闍梨の姿を見て乞食の老女は、手を捧げて、

「今日一日のお助けを下さい」

 と、言って忠こその後を這ってついてくる。忠こそは哀れに思って物をやって、

「昔は立派であっても、いつかはこうなるものだ」

 と、言うと乞食の老女は、

「私は元は金持ちで、左大臣忠経の妻として思うように暮らしていました。夫に死に別れて二番目の夫の子供、二人と無い立派な子供がありました。

 容貌も心持ちも優れて、夫は限りなく愛され、二無く大事にされていましたが、私には継子であり、気に副わないことがありまして、どうやってこの子を苛めてやろうと考えて、

 先ず、夫が大事にしている宝の石帯を、私がそっと隠して、その子供が盗んだのだ、と告げる。

 親の罪になるようなことをこしらえて、其れをその子供の所為であるとした。
 その子供はどこかへ失せてしまった。

 その報いであろうか、生きながらこのような姿で御座います」

 と、忠こそに言う。

 忠こそ阿闍梨は、
「この人は昔一条のお方と言った自分の継母である」
 と、一刻ほど乞食の話を聞いたりしていたが、

「父君が大願を立ててお求めになった石帯も私の所為で無くしたと言われたのだな。また、自分が失踪を思いつくほど父の機嫌が悪かったのは、この女の謀であったからである。

 長年苦しい思いで嘆いてきたことを、今日はっきりと判明したことは、この世に佛がお出でになるからだ」
 と、思って。忠こそは暫く考えてから老女に言う、

「その様な罪もない人に対して悪い心を抱いて色々と謀を為さったのですか。その報いで今の貴女のこの姿があるのです。

 来世は地獄に堕ちて、浮かび上がることは出来ませんよ」

 聞いて乞食は涙を流して、

「このことを後悔する間も、炎で燃えるように苦しいです。しかし、してしまったことであるので取り返しようがありません。思い出すとまた新しく悔いが起こり悲しいです」

「余命幾ばくもないであろう」
 忠こそは思い、女に

「この世に居られる限り面倒を見ましょう。亡くなられた尸(かばね)が地獄に堕ちないように祈りを捧げてお救いいたしましょう」

 忠こそは小さな家を造り老女を住まわせて食事や衣類を上げて大事に労った。

 このようなことがあったときに、正頼の十一姫の宮あこ君に物の怪が憑いて重態になった。色々と手を尽くすが、忠こそ阿闍梨に正頼は宮あこ君の祈祷を頼んだ。忠こそは一心に祈願した甲斐があって病は平癒した。

 忠こそは優しく宮あこ君に話して、
「この春に、春日社で琴をお弾きになった姫君に一寸お便り差し上げたいのですが、持って行ってくださいませんか」
 と、頼んで、

 閉ぢこもり巌の中に入りしかど
      君がにほひは空に見えにき 
(出家して巌を家として閉じこもりましたけれど、貴女の美しいお姿は目にちらついてお忘れすることが出来ません)

 このように私は思い詰めています。

「この文を差し上げて、必ずお返事を戴いて下さい」

 宮あこ君は、
「とてもこのような物を見るような姉ではありません。どうします」

「どうしてですか、こんなに病気を治して差し上げたのに。そのことを察して私のことも考えてください」

 宮あこ君は難しいと思いながら、あて宮の許へ参る。あて宮に渡すと、

「まあ気味が悪い、どうしてそういう物を持ってこられたのですか」
 あて宮は言って破り捨てた。

 そんなことがあって、九月の晦に、東宮よりあて宮に、

 秋ごとにつれなき人をまつ虫の
      常磐のかげになりぬべきかな
(この秋はこの秋はと頼みにして、情けを知らない人を待つ私は、何時になったら常磐の蔭が得られるのでしょう)

 あて宮

 色かへぬ秋よりほかに聞えぬは
      たのまれぬかな松虫の音も
(何時も秋ばかりで、色を変えない他の時に声が聞こえないのでは、松虫の音も信頼することが出来ませんね)

源宰相実忠は松虫をあて宮に贈って、

 すゞ虫のおもふことなるものならば
秋のよすがらふりたてて鳴け