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私の読む「宇津保物語」第六巻 吹上 上

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 厩は東と西にあって、二十匹の馬がそれぞれ飼われている。牧童がいて餌を食わしている。傍らには鷹が十羽ばかりが繋がれている。牛屋にはよい牛が
十五頭ばかり、覆いを着せて並べて飼っている。

 次の絵は、独立した炊事場。鼎(かなえ)食物を煮るのに用いる金属製の容器、を並べ置いて、同じ数の甑(こしき)米などを蒸すのに用いる器をその上に乗せて、二十石程あるのを蒸してご飯を炊きあげる。それぞれ、粟・麦・米だけと違った物を炊きあげる。きさ貝の模様に似た木目の箱に鉄の四脚を付けた物四つを並べて炊きあがったご飯を入れる。それぞれ違ったご飯である。各所から飯の受け取りに来た男達のお櫃に、計って飯を入れる。
 
 柱と柱の間に臼を四こ置いて、女八人で米を研ぐ。

 この絵は、主人の食膳の調理である。白銀の脚のついた鼎に、同じ甑(こしき)を立てて、北方、種松の飯を炊く。台所の女はみんな、神に仕える女子のかける、たすき、ちはや、をしている。衣をきちんと着た男に、一枚の布を掛けた台の上に、食べ物を入れて運ぶ器、行器(ほかい)を持たせて、料理を受けさせる。涼の御膳に「ますかえし」を入れる。種松の(以下意味不明)。

 これは酒蔵。十石はいる壷を廿ほど並べて、酒を醸造している。酢・醤(ひしお)味噌の一種・漬け物も同じようにして造る。魚・鳥を保存する贄殿(にえどの)がある。

 この絵は、細工師が集まる作業場。三十人ばかりが居て、沈・蘇芳・紫檀などで、破子・折敷・机など色々と造っている。轆轤(ろくろ)師が居て、器を同じ形に作っていく。机を置いて細工師達が食事をしている。大皿に料理を盛って酒を飲んでいる。

 次は鋳物師の所。蹈鞴(たたら)を踏んで風を送り、鉄を溶かして形を作っている。白銀・黄金・白鑞(しろめ)錫を主成分とする鉛との合金で古くから皿・花瓶・装飾品などに用いられた。などを溶かして、旅籠・透箱(すきばこ)・破子・餌袋(えぶくろ)山や杯まで鋳型に入れて作り出す。此処でも鋳物師達が食事をしている。

 この絵は鍛冶屋である。銀や黄金の鍛冶師が廿人ばかり居て、鋳物と違って色々な小型の物を造る。

 っこは、織物をする所。機織りを多く置いて、織り手は廿人ばかり、色々な織物を織っている。

 ここは染殿。男が十人、女が廿人ばかりが作業をしている、大きな鼎を置いて、染め草毎に煮立てている。一人一人盥(たらい)を置いて、それぞれが手で染めている。水が一杯入った槽で、女達が染め上がった物を洗っている。

 ここは絹に光沢を増すために、砧で打つ、打ち物所。男が五十人ばかり、女が三十人ばかりが働いている。巻板を各人が持って、砧で打った布を撒いている。大きな唐臼の柄を男女で踏んでいる。

 ここは、張り物の所。光が良く射すように周りに囲いがない大きな檜皮葺の建物。袙や袴を穿いた女達廿人ばかりが、色々な布を張り板に張っている。

 ここは縫い物の所。若い女達三十人許りが居て色々な縫い物をしている。

 此処は糸の所。おんなのこが廿人許り居て、糸クリを各自がしている。織物の糸、組み糸などを練って竿に掛ける。唐風や、新羅風、日本風の組み方の色々をしている。

 この絵は、種松北方の寝殿。北の方がいる。朱塗りの台四つに金属製の杯(つき)を置いて食べ物が置いてある。女房十人、童四人、下仕四人が侍っている。

 ここは各作業場の監督をする別当のたまり場である。男の別当達が担当の部署のことを種松に報告している。

 この絵は、種松の居る正殿である。種松の前に二百人許りの男達が居て、話し合っている。


 吹上の宮には鷹狩りなどをして人々に差し上げようとこっそりと野に出られる。涼と客人三人が、赤白橡の地に摺り草の色を摺ったものに固い紋を織り付けた狩衣に、織り鶴紋の指貫、綾、掻練の袿、袷の袴、豹の皮の鞘の太刀を腰に、赤馬に乗って、赤の尻繋(しりぶき)を掛けて乗馬している。

 鷂(はいたか)と言う小さい鷹を腕に止めて、供の者は青い白橡(つるばみ)、葦毛の馬に乗って、従う。弁当は檜破子の美しい物を持たせている。

 こうして野に出て、四人が一斉に鷹を放つ、野の花が鷹の飛び立ちで周囲の小鳥と一緒に散り散りになり、思わぬ風情に四人が、鷹のことを忘れて、涼が、

 散りぬれば狩の心もわすられて
花のみ惜しく見ゆる春かな
(春の花が飛び立つ鳥と共に散ったので、惜しくて惜しくて狩りのことなど忘れてしまいそうです)

仲頼少将

 春の野の花に心はうつりつゝ
駒のあゆみに身をぞまかする
(春の野の花に心を奪われて、馬を早めて狩りしようなどという意欲もなく、乗っている私は馬の歩くとおりにさせていく)

 仲忠侍従

 けふはなほ野邊にくらさむ花を見て
心をやるもゆくにはあらずや
(今日はいっそ野邊に暮らそう。花を見て心を慰めるのも心ゆく技ではないか)

良佐

 花ちらす風も心あり駒なめて
       わが見る野邊にしばしよぎなむ
(花を散らす風も心があるのだから、私達が駒を並べて見る野邊だけは、暫くよけてほしい)

 と、破子を開いて食事を取り、鳥を少し捕らせて、玉津島までの道中の所々で歓迎の席を設けている人々が多くいた。和歌の浦南方の玉津島で、四人は逍遥して遊び、帰途に就こうと、

 仲頼少将

 あかず見てかくのみ帰る今日のみや
玉津島てふ名をばしらまし
(美しい景色に飽くことを知らずに見物して、今日初めて玉乃島と言う本当の意味が分かるだろう)

 涼

 年をへてなみのよるてふ玉の緒に
貫きとゞめなむ玉出島

(年を重ねて浪が寄ると言う玉の緒に玉いずる島からでる玉を貫きましょう)

 仲忠侍従

 おぼつかな立よる浪のなかりせば
玉いづるしまといかで知らまし
(誠に覚束ないことでした。此処に寄せる波がなかったら私達も寄らないでしょうし、どうして此処に玉出島があると知ることが出来たでしょう)

 良佐

 玉いづる島にしあらばわたつみの
浪たちよせよみる人あるとき
(名の通り玉の出る島というならば、見る人のいる時に、海の浪よ、玉を寄せてみよ)

 みんなは館に戻る。


 三月の晦の日に、春を惜しむ酒宴が吹上宮で催された。

 君達の装束は、桜襲の直衣に躑躅色の下襲などを着用する。その日の料理はいつもの宴と同じである。ただし、御膳の諸道具は全部新しく造られたものである。杯を交換して酒宴が始まる。

 州浜に湛えた水に花が散り浮き、「春を惜しむ」
と言う題を州浜に書く。

 少将仲頼

 水のうへの花の錦のこぼるるは
         春のかたみに人結べとか
(水の上にこぼれた花弁が錦のように美しいが、春の形見としてこれを掬い取れと言うのであろうか)

 侍従仲忠

 色々の花のかげのみやどりくる
         水底よりぞ春はわかるゝ
(水底には色々の花の影が後から後から宿るのだが、春はその水底から離れていくらしい)

 あるじの君涼