私の読む「宇津保物語」第六巻 吹上 上
かゝれる松のすゑの代を見ん
(こうして一緒に団欒して藤の花と藤の花の架かった松を、どちらが末久しいかと見ようではありませんか)
國の権の守(紀伊の守)
藤の花かゝれる松のふかみどり
ひとつ色もてそむる春雨
(紫匂う藤の花と藤の花の架かっている深緑の松とを春雨は一色で染めている)
右近の将監松方
むらさきのいとゞ乱るゝ藤の花
うつれる水を人しむすべば
(藤の花房が映っている水を掬うと、真っ直ぐだった花房の糸が縺れてしまう)
右近の将監近正
藤のはなうつれる水の泡なれば
よのまになみの織りもこそすれ
(藤の花房が水に映ると泡緒になるので、夜の間に浪が織物にするであろう)
右近の将監時蔭
藤の花色のかぎりににほふには
春さへ惜しくおもほゆるかな
(藤の花が精一杯美しく咲き匂っているので、心から散らずにいて欲しいと思う)
國の介(守の次席)
にほひ来るとしはへぬれど藤の花
けふこそ春をきゝはじめけれ
(藤の花は毎年咲くけれども、今年は花を見て今日こそ春だと初めて知ったように思う)
種松
春の色のみぎはに匂ふ花よりも
底社(こそ)藤の花とみえけれ
(水際に匂う花よりも、水に映った底の藤が本当の美しい花に見える)
このようにして、楽しく一日を過ごす。
その日の土産(被物)が用意される。客人から國の司、権の守(正式な官の代理人)までは、白橡(つるばみ)薄鈍色の唐衣襲(かさね)の女の装い一具づつ、将監と國の介には、濃い紫の袷の細長一襲、袷の袴一具を、その下の者は一重など、貰わない者はいなかった。
夜になると、客の前に松明を用意する。
座高が三尺あまりの銀製の狗犬(こまいぬ)顔を仰向けているのを八っ据えて沈の木を唐の細紐で束にして、それを松明として一晩中点した。
絵解
第一画は、藤井の宮の風景。大きな巌の側に、百本あまりの五葉松が河に臨んで立っているのに、綺麗な藤がそれらの松に架かって満開である。木下を小石を敷き詰めたようである。木の根は同じようには見えない。池の広さは海に劣らない。水が鏡のように清い。巌のあるのがまるで造園で置いたようで苔が青々と沢山張り付いている。
その池の向こうに美しく檜皮葺の大殿が三棟ある。周りに藤が架かった五葉松が巡っている。
第二の画は、その大殿に、藤の花の絵を描いた屏風などを立て回して、何となく清浄な感じがする。 綺麗な茵に上等なむしろを敷き並べて、客人達が並んで座っている。大殿の四隅の柱に藤の花を飾り、その前に折敷が敷いてある。藤の花を松の枝と沈の木に掛けて咲かせて、金銀、瑠璃で造った鴬の口に歌の題を挟んで種松が持ってこさせた。客人達が土器をとって、大和歌を詠む。
三月の終わりになったので、客人達は京へ帰ろうとする。涼が父親の種松に、
「皆さんが帰る日が近づいて参りましたが、お土産の品は準備できましたでしょうか。玩具のような物を京への土産にはしないでしょうね。贈り物はしっかりとお考え下さい」
「私の考えられる限りのことは準備をしてある。私のような物の分からない田舎者は、都の人が興味を持つような物は考えられない。しかし涼が考えてくれれば、安心して好い思いつきが出来るだろう」
こうして種松が揃えた土産物は、涼の言う精巧な細工物。
それは、銀で造った旅籠(はたご)(旅行用の食物・雑品を入れる器)一掛(旅籠や櫃を勘定するとき言う)山の感じを出して蓋を山形に編んだ。そうしてその中に唐綾、薄物の羅などを入れて、銀の馬に沈の木で造った鞍を置いて、銀で作った男に引かせた。これで一つの細工物。
さらに、沈の木で造った檜破子(わりご)一つ、練り香の材料、銀細工と同じように沈の木で造った馬に乗せて沈の木の男に引かせて、破子のなかの区分け毎に、丁子(ちょうじ)、薫衣香(くのえこう)、麝香(ざこう)などを入れて、練り香やその材料になる香の粉末や薬を、乾飯(ほいしい)や色々のおかずのように見せて破子に詰めた。それを沈の男に背負わせた。
蘇芳の簏(すり)(旅行用の竹細工の匣(ハコ))
一つ、色々な唐紐で編んで籠にして入れた。
簏(すり)に上等な絹廿匹を入れて蘇芳の馬に負わせて、蘇芳の男に引かせた。
砂浜を、海は銀を散らして鋳物にして、島は合わせ香で造り、沈の枝に造花を付けて、島に植え込んで、同じように鹿や鳥を造って据えて、面白いかたちをした大舟を造って海に据え、その舟に色とりどりの糸を結んで、薬や香を入れた包みを面白く造って舟に乗せた。
沈の折櫃に銀の鯉、鮒を造って入れ、銀製、黄金製。瑠璃の壷の中にそれに似合う物を入れて、麻で結んで珍しい物を舟に積んだようにして、舟子、楫取りを立たした。同じ物を三人の客それぞれに贈る。
別に旅行中の着替えにと、櫃一つに、綺麗な旅装束を入れて、
「旅行は三日かかります故、一日一装束、着てください」
と、三種の旅装束を入れた。被物として女の装束一襲が用意された。
引き出物は、侍従仲忠に、色々な毛並みの背丈は四尺八寸ほどの六歳の走り馬を四頭、蒔絵の鞍橋(鞍の前後の丸く作りつけた部分)豹の皮の下鞍(鞍の下に敷くもの)、銀製の鐙、鞍具一式。黒毛の入り交じっている牛四頭、白の生絹のまま繋いでいる。
鷹を四羽止まり木に繋いで、脚を白糸で組んで青白い橡の結び緒を鈴を付けて垂らしてある。鵜を四羽籠に入れてそれを担ぐ棒が立派な珍しいものである。
少将仲頼には、黒で茶褐色の馬四頭、鞍鐙は、仲忠と同じ。堂々とた牛四頭、鷹と鵜は仲忠と同じ。良佐行正も、同じ、これは涼が贈った。
種松が贈る物は、旅行用の竹細工の匣(はこ)簏(すり)二個を立派な馬に乗せて、匣の中には白絹を入れた。
旅籠二つに旅に必要な食料を入れて、良馬に載せた。さらに、精米二百石の舟二艘づつ三人に与えた。
絵解
絵は、種松の牟婁の家で、四面を巡ると、住居と田畑が一町ばかり垣が作ってある。牛に鋤を付けて男が田を鋤いている。食べ物を盛る器、笥(け)に飯を盛って食べている。
離れた所に大河、海のように流れている。住居は四面八丁、築地塀で囲ってある。垣に沿って。一面に大きな檜皮葺の蔵が四十棟づつ、計百六十の蔵。
この蔵の中は種松夫人北方の私物で、綾・錦・糸・縑(かとり)、絹糸を固く織ったもの、などが天井一杯に詰まっている蔵である。
二番目の絵は、ここは種村の政所(家計の事務)である。種松に仕えている家司(けいし)三十人ばかりが事務を執っている。種村の家の各所の整理をする者達百人ほどが集まって、今年の作物と蚕のことを決めている。炭焼きや木樵が納めに来た物を家司が調べている。秤に掛けて収納している。男等が五十人ほど並んで台所で立って食事をしている。
一方、政所では、鵜飼、鷹飼、網結(あみすき)
網を作る者達が毎日の食材を種松に差し上げている。男達がまな板の上に魚や鳥を載せて捌いている。金属の皿に北方に運ぶ料理を盛っている。
作品名:私の読む「宇津保物語」第六巻 吹上 上 作家名:陽高慈雨