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私の読む「宇津保物語」第六巻 吹上 上

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 いつかまた逢ふべき君にたぐへてぞ
         春の別れも惜しまるゝかな
(あなた方にはいつかまたお会いできると思いますが、お別れが悲しいように、春が惜しまれてなりません)

 良佐

 時のまに千たびあふべき人よりは
         春のわかれをまづは惜しまん
(一寸の間に千度でも会う事が出来る人よりも、一年に一度しか巡り会えない春の別れをまず惜しみましょう)

 松方
 ゆく春をとむべきかたもなかりけり
        こよひながらに千世はすぎなむ
(過ぎて行く春を引き留める方法は終に無いものですね。せめて今宵のままで千世を過ごしたいものです)

 近正

春ながら年はくれつゝよろづ代を
         君とまとゐば物も思はじ
(春のままで年が暮れ、その年も春のままでという風に、万年もの間君とご一緒だったら、物思いもなくてどんなに楽しい事でしょう)

 時蔭
 
 いつかたにゆくとも見えぬ春ゆゑに
         惜しむ心の空にも有るかな
(春が行ってしまう方向が分からないので、引き留めるすべもなく、惜しむ心は空に迷っているのです)

種松

 まとゐして惜しむ春だにある物を
    ひとりなげかむ君はいかにぞ (こうして大勢集まって春を惜しむ宴を開いて、楽しむ事だけは出来るのに、皆さんが帰っておしまいになったら、一人淋しく残る我が君のお嘆きはいかばかりでしょう)

 と詠う。

 今日の被物は、黄色の小袿を襲た女の装い一具、供の人には、おなし色の綾の小袿、袴一具を添える。一夜を遊び明かした。


 こうして、四月一日に吹上の宮から出発して、仲忠達は帰途に就いた。
 
 その日、君達は唐の花紋綾の直衣、綾の固い布の下襲、薄物青色の指貫、一襲づつ種松が差し上げた。

 各人の前に折敷を揃えて敷いて、机を並べて、献杯から始まって食事をする。全面には舞台を造り幔幕を巡らした。

 こうしていると、紀伊の守が帰国する事を聴いて、仲頼達が旅で泊まる所に部下を派遣して、紀伊の守自身は吹上の宮に部下を率いて参上した。
 
 みんなで音楽を心ゆくまで楽しんで、日が高くなったので、急いで出発しようとしたときに、主の涼が杯を手にして、詠う。

 かたらはぬ夏冬だにも来る今日しもや
  ちぎりし人の別れゆくらむ
(頼んだわけでもない夏でさえ来た四月一日の今日という日に、まあどうして親しくなった方々は行ってしまうのだろう) 

 少将
  かへれども君をこふべきころもをや
        きれども夏はうすき袂を
(夏は来ても、あなたには情が薄いでしょうよ。それに引き替え私達は例え離れようともあなたを恋慕って頂いた着物を着て懐かしむでしょう)

 侍従仲忠

立かへりあはむとぞ思ふ夏衣
        ぬるなる袖もかわきあへぬに
(夏衣の袖が涙で濡れてそれが乾かないうちに、此方に引き返してお目にかかろうと思いますよ)

 良佐

 夏衣けふたつ旅のわびしきは
        憎しむ涙ももるゝ成けり
(今日の旅立ちは、別れを惜しむ涙さえ一緒とはいかずに漏れるのですもの、いくら悲しんでも足りない気持ちです)

 松方 「先々も侍りしかば(前に此方に参りまして)、今回は案内で」などと申して、

此のたびはまどひぬべくぞおもほゆる
        涙はこゝに先にたてども
(この度の帰りは悲しみで道に迷ってしまいそうです。涙は先に立って案内しますけれど)

 近正

かくばかりあかす佗びしき別れ路は
        二なきにもまどふべきかな
(こんなにまで止めどもなく悲しむお別れは二つとはないと思うに付けて、心がひどく惑います)

 時蔭

 夏蝉の羽におく露の消えぬまに
        あふべき君をわかるてふかな
(夏蝉の羽に置く露が消えないあいだに、そんなに早くお会いできる貴方に、お別れだと言っては悲しんでいるのですね)

種松

初聲にわかれを借しむほとゝぎす
       身をう月とや今日をしるらん
(時鳥が初声をあげたその四月一日に、君達は別れを惜しんで上京される。時鳥が鳴いたからだと自分を憂い悲しいものと知るでしょう)

 ということで杯の交換が暫く続いた。