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私の読む 「宇津保物語」  梅の花笠

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 と、正頼に答えるのを聞いて、正頼を初め聞いているみんなが涙を流していた。
                       
 正頼は、

「天地が覆るとも、右大臣の息子の貴方がこのような山伏姿になる世を見ようとは思ってもいませんでした。こういう無常な世の中で有ればこそ、不肖な子供達の将来を思うと心配が絶えません。

 貴方が右大臣の前から消えた次の日より、貴方のことを思い詰めて病にかかられ、大臣は間もなくお亡くなりになった。
 親がご承知でいらしてこそ、御出家はなさるべきでした。親はすでに貴方の思いの外にいらして、貴方は不幸の罪を背負うことになりました」

 行者の忠こそは、

「世間がひどく私にとって辛いときには、親のことなど理解できるものではありません。親が私の願いをご存じなら、とてもお許しにはならないと考えましたので急いで山に入ったのでございます」

「貴方のご祈祷の効き目はあらたかでしょうね。正頼はとんでもない子の親になってしまった。長女は内裏に女御として上がっています。
 子供君達も多く授かりましたが、それに対抗して争う女御や更衣が嫉妬して、このままではおけないという気持ちでいます。
 そういう人たちと性懲りもなく変わらぬ交際を余儀なくさせられているようです。
 これが私の大きな心配事の一つであります。女という者は大体延命息災を佛に祈願することによって叶える、その上に人の呪いによって害を加えられないように祈願してください」

 行者忠こそは、

「自運の盛んなときには呪阻(ずそ)の害というものは障らないものです。
 運気が衰えてくると、弱り目に祟り目などが有るものです。
 そうであっても、気運が強いときにお慎みになることは宜しいことですから、私もよくよくご祈願を致しておきましょう。これから熊野に詣でるつもりです。
 去年の八月より各地を巡り、読経をさせていただいております。この春日社にも、まずお詣りを致しましたところ、不思議に昔聴き覚えのある曲を耳にいたしまして、出家の身になりましても、魂は昔のまま残っているものです、お聴きしていました。
 神のお恵みであなた方にお目にかかることが出来ました」

「正頼も今日このお社に神馬を奉納しようと思って参ったのです。あちらにご案内いたしますから、年来の色々な話題をお聞かせ願いたい」

「熊野に急いでおります。時候は暑い頃ですので、道中が厳しいでしょう、四月か五月には熊野から戻ることにしています。無事に帰りましたならば、必ずご訪問を致します」

「長い年を過ぎて今日の対面は何となくもの足りません。嵯峨院にも機会が有れば
『今、忠こそはかくかくしかじかである』
 と、申し上げましょう。院はいつも
『忠こそは昔固い契りを交わした仲だった。正頼ばかりが対面して』
 と悲しまれるだろう、
『行者になっておられた』
 とお伝えしたならば、どれだけお悲しみになることだろう」

 行者忠こそは、

「嗚呼、畏れ多いことです。院には
『私はまだこの世に生きています』
 と、ご奏上下さいませ。お許しがなかったのを無理にこっそりと退出して、そのまま参内いたしませんでしたので、罪は重いです。それは今も恐ろしく悲しんでいます」

 正頼は、桜色の綾の細長一襲を持ってきて、忠こその肩に掛けて、

 散る花をかくとぢつれど琴の音を
       しらべてかへる風ぞとまらぬ 
(散る花をこうして引き留めるけれども、風は琴の音を聴いて行ってしまうのですね)

 と詠うと、忠こそは

 いにしへに今日をくらぶの山風は
花のころもをふきかへるかな
(今昔の感に堪えない鞍馬の山風は、山風らしく花の衣を吹いて鞍馬に帰ることですな)

 と答えた。

 夕暮れに、風が激しく吹いて幔幕を吹き上げるので中が見えて、姫君9人が清らかにお並びになっている仲に。あて宮がとても目立って綺麗に見えた。
                       
 忠こそは、

「このような有ることがない美しい姫君方を拝見する 、さらにその中にお一人とてもすぐれて美しい方が居られる」
 などと思うと、長年思いもしなかった昔を思い出して、
「この世間に、あのまま居たならば、今は高い位に就けただろう」
 などと思うが、また、

「二十数年の間、露、霜、草、葛(かずら)の根を食料として、ある時は蛇に、蜥蜴(とかげ)に飲み込まれようとする。佛のお言葉に反するような行動は取らず勧業して来た。出家の身として恥ずかしいあるまじき恋心を起こしたことに対して、佛のきついお咎めがあることだろうと恐ろしい」

 忠こそは色々と思い返すのであるが、どうしたら良いか方法が分からないので散り落ちる花びらに、墨の変わりに血で、詠った、

 憂き世とて入りぬる山はありながら
いかにせよとか今も侘しき
(辛い世の中なので、それが嫌になって入った山は、私を安らかにしてくれた筈なのに、今も味気ないのはどうしたということでしょう)

 と書いて、君達の前に居る人の後ろの者に押しつけて立ち去った。

 熊野へという気持ちも失せて、忠こそはたった今目にしたあて宮をもう一度見たいという気持ちが強く、鞍馬山に帰って思い嘆く。

 正頼の一行は、二十三日の未刻(午後一時から三時)頃に、奈良の春日より京に戻った。

 春日詣で終って、使・舞人などが還って来た時の饗宴(かえりあるじ還饗)は盛大である。褒美として、舞人には白い袷の袙一具。供奉した者達に、普通の細長、袴。童達にも与えた。

 三月になって、東宮から柳に文をつけて、その文を右近少将を使いとして、

度々文を差し上げたいのですが、「見てもまたま たも見まくの欲しければ馴るるを人は厭ふべらな り(一度逢ってもまたすぐ逢いたがるものだから、 私 と親しくなるのをあの人は嫌がっているよう だ)(古今集752)とか人も申します。その  内に入内(じゅだい)なさるように承っていま  したので、控えていました。さてそこで、

 たのめこし春たちしより青柳の
糸やくるともおもひける哉
(頼みにしていた春が訪れて以来入内なさるとばかり思っていましたのに)

 と、あて宮に送ってきた。父の正頼が文を見て、
「折角こう仰っていらっしゃるのであるから、お返事は是非差し上げなさい。こう申し上げなさい、

 春たてど身のかずならぬ青柳は
花にまじらんことぞ苦しき
(春は来ましたけれど、数ならぬ身の青柳が美しい花に立ち混じることは心苦しゅうございます)」
 正頼はこう詠んで、あて宮に渡す。

 使いの少将に、綾襲の女の装束一具を与えた。

 源宰相実忠は、

 涙さへなき世なりせばわが戀の
身よりいづるをいづちやらまし
(今は涙が慰めの私にとって、涙までもない世だったら、この恋心が身から湧いて来るのをどう処置しましょう)

 と送られたが返事はなし。

 兵部卿の宮(正頼夫人大宮の弟)より、

 山彦もこたへぬ空になく田鶴は
        天の河原にひとりふすかな