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私の読む「宇津保物語」第 四巻  嵯峨院

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 そのまま居座って、娘は親の許で寝ようとするので、母親は、

「どうして仲頼様の方へ参らないのだ、ここで寝るのか。それはいけない。人間は決められたことを考えて行動しなければいけない。こんなに言いようもないほど貧乏で、うちよりも貧乏なところはないでしょう。
 あのように高貴な宮家や、殿方の家を見慣れておられるのだから、ここをどんなにか貧しくあきれ果てた家であると思っておいでであろう。

 しかし我が子がみる甲斐もないようになったならば、このような貧しいところに一時も立ち止まりはなさらないであろう。
 貴女が人並みに育ったから、世に聞こえた浮気者の仲頼様がこの数年こちらに立ち止まりされたのだから、仲頼様に疎まれては、父上があのように婿に奉仕していらっしゃることが甲斐無くなり悔しいと思われるでしょう。

 今の男はまず妻にしようとするときは、
『まず最初に、その女の両親は揃っているか。住むところはあるか、針仕事洗濯が出来るか。通ったときに供の者に禄を与え、牛に馬を飼っているか』
 と、問うて、例え女の器量が良く清らかで、品が良くて可愛らしくても、荒れ果てた処で、あるかないか分からないような家に住んでいて、いかにも貧乏だというのを見て男は、

『ああむさ苦しい、こんな女を妻にしたら、苦労の種になるだろう』

 と、考えてしまい、そのあたりの土を踏むまいとする。

『どうして彼女の処に行かないのか』

 と言われると、

『あの女の処には法師が住んでいる。法師ではなくて変な男も住んで居る』

 と、言って近寄りもしない。

 素性も分からない怪しい者の子。孫が揃って、鬼のような姿で頭は白く腰の曲がった老婆であっても、そしてその姿が猿を後ろ手に縛ったようであっても、金持ちの妻であった、子供だと言われる女ならば、世の中の人は聞きつけて言い触らして回る。
これが今の人である。

 こんな貧しい私たちの処へ、一時的にも立ち止まるような人はない。多くの金持ちや、性格の良い女を見向きもしないで、こんなところに来てくれる仲頼様。
 
 我が娘を、可愛いお前を物笑いにさせ、軽々しい浮ついた娘と思わせたくはない。

『あの方が住んでいたが、今は通ってこられない』

 と、世間の人に言わせないようにしようと、しばらく仲頼の申し出を聞き過ごしていたけれども、そうばかりは言っておれない。総てのことは定まった縁のことであるから、前世からの因縁に任せてしまいましょう。

 また今になって仲頼が来なくなって貴女を嫌うようになったとしても、世間の人に例の浮気な人だから無理もないと思わせよう。

 こう思ったればこそ申し込みを承知して今日まで来たのですよ。仲頼を貴女の夫にするために先祖代々の財産を、女にはなくてはならない髪道具まで惜しいと思う物は皆売ってしまった。

 長年の間年貢地代のはいるのを待って入費に充てていた近江の土地も仲頼の代になってから売ってしまった。

 こんなにまで気を遣って婿君にお仕えした甲斐があって、今日、今になるまだ通い続けて下さるということはどんなに嬉しいことでしょう。何処の宮や高貴の方々から、仲頼が婿に迎えられないということはないでしょう。

 しかし、夜を重ね、日を積んで、この何年かはここに通ってこられことは、なんと勿体ないことです。どうしてこんな立派な婿君を大事になさらないのでしょう。私の大事な娘よ、婿君にそっぽを向かれないようにしなさい」

 と、母親は波を流して言うのを、

「それは、私が見てはいけないと思う仲頼の浮気心を見ましたので、生きている甲斐もない気がして、それを見たくないのでここへ来ました」

 と、娘が言う、母は、

「それはどういうことだ」

「さてそれは、世間の人はどう言っているのでしょう。仲頼は賭弓の宴より帰ってから、夜も昼も落ち着かずいらいらする事があるらしくて、どうも、見たい女があるらしくて私を見るのが嫌なんだろうと思うので、私は見られまい、会うまいとここへ参ったのです」

「知らぬ顔で居なさい」

 と、母は泣く泣く言うので、娘は立って自分の部屋に戻る。父親は、

「婿君は一向に外に出ずに部屋に籠もっておいでだから、なにかをしてやろう」

 と、言う。

 仲頼は横になっていた。女が側によると、

「どうして、ここへ来なかったのだ」

「貴方のお心が落ちきなさるようにと思いまして」

「来てくれないのが苦しいのだ、早くこちらに参れ」

 女は言われたように仲頼の側に同衾(どうきん)した。

絵解
 母と娘が話し合っている。


 翌日、父親は仲頼の部屋を訪れて、

「どうしてこのように家の中にばかり籠もってお出でですか。頼りない、頼み甲斐がない、と考えですか。忠保(ただやす)は色々と考えるのですが、頼りないことばかりで、貴方のことを考えているという証拠をお見せすることが出来ません。恐縮に思っています」

 仲頼少将は、

「それは有りがたいことです。何でもありません。日頃気分が悪いような感じで、内裏にも参内しないで引き籠もっています」

「どうなさいましたのでしょう」

「分かりません。先日左大臣の宴に参りましたところ、宮が杯を取られて私に酒を強いられたので、飲み食いをしっかりとしたからでしょう、と思っています」

「其れはお気の毒なことで。酒を過ごすことは良いことではありませんね」

「どうにかして近衛府の役職を降りたいと思っています。深酒をするのは近衛府の役職のためでして」
 
 吉保は家の中に入って、

「仲頼は、何か悩み事がおありのようですね。どんなことです聞かせて下さい。おかわいそうで」

 仲頼のいつもとは違う様子を見て、吉保は、気がかりだと思い、前にあった硯をとって、このように手習いのようにして書いた。

 この世にはつらき心も知りはてぬ
契りしのちの世をも見てしがな
(現世では君の心のつらさを知り尽くしてしまいました。昔『後の世にもかかる中に生まれかえらむ』んどと言われたが、せめてそれが本当かどうか見たいものです)

 と、忠保は書いて、くるくると揉んで丸めて置いたのを見て仲頼は心配掛けてと思う。仲頼は、

「自分で自分の心だとも言えない夢のような気持ちだ。有ってはならない分不相応な望みを起こして、妻からも、堪えがたい男、と思われることよ。何ほども思い続けた人というわけでもないのに」

 と、思うと情けなくて、

 むかしより契りし深き中なれば
生も死をも共にこそせめ
(昔から契りを交わした深い二人の仲なのだから、生死は必ず共にしよう)

「なお気持ちが落ち着かないならば、貴女のためにどうして素っ気なくなることがあろう」

 と、言って妻を抱きかかえて仲頼は眠りに就いた。


絵解
 画は、婿仲頼のために舅姑が心を尽くして奉仕する様子を描いている。
 初めの処は姑が調理の準備をするところ。
次は忠保が自ら包丁を持って雉を捌く。
 最後の画面は、仲頼が食事をしている。妻と女房が控えている。