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私の読む「宇津保物語」第 四巻  嵯峨院

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 不思議な女好きの中に、仲頼はみんなが自分のものにしようと思う第一の女、三宮の婿にと言う声がかかったが、見向きもしなかった。勿論、銀(しろがね)黄金(こがね)綾錦、財宝なんかには見向きもしなかった。不思議な心憎い天下一の好色な男で、

「天女が天降るような世の中になったら、私の妻も決まり子供も生まれるだろう」

 と思っていた。

 仲頼がその様な訳で落ち着く所もなく出歩いてばかりいるとき、宮内卿在原の忠保(ただやす)の娘を、世間では聞こえの高い娘であった。

 父の宮内卿はもともと権勢が無く、貧しくて損な人で、力が無く収入もない役職で長年過ごしてきたので有るが、娘はこのように世に知れた名高く美しくて、東宮も入内するようにと言われるが、出仕させないでいたところ、この仲頼が切に妻にと願う。

 そのとき父親の忠保は、

「仲頼は前々から浮気者という名で世間は見ているが、私の娘を気に入って、一生ともに暮らすかも知れない、仲頼に娘をゆだねて、二人が前世に約束があったのかどうかを見てみよう。もしも前世の約束事が無くて仲頼が娘の元を離れるとしても、自分だけが恥を見ればいいのである。嵯峨院の御子の三宮も、大臣公卿の御子や娘も仲頼にその様に捨てられている。

 仲頼のそういう行動を見ながら大勢の人たちが仲頼を婿にしようとなさるのも、何か理由が有ってのことだろう。

 世の中の人が婿の機嫌を取ろうとして、家を綾錦で飾ったとしても、婿は住みたくなければ通っては行かないだろう。

 私の娘が葎の下、塵芥の中に住もうとも、前世の約束であれば住むであろう。男という者は持てなしたからといって、住みつくと言うことはない」

 と言って、忠保は娘の婿に仲頼を迎えたところ、思うと言えば愚かなことで、男が女を思うというそんな生易しい事ではなかった。


 仲頼を娘に会わせた最初の晩からすっかり気に入ってしまい。愛し合って美しい契りを結んだ。少しの間も他所に寄ることなく、時々参内するがすぐに急いで退出して以前のように宮仕えもしっかりしないで娘のことばかりを思っていた。他の人が立派な衣装を仕立て、沈や麝香をたきしめて用意もめでたくして仲頼の来邸を待っているのに仲頼は、鬼か獣が住む山に入るような気持ちがして見向きもせず、ただこの女を世にまたとない者と思って大切にした。

「この世に生きる間は勿論のこと、来世においても夫婦として生まれかわる」

 とさえ言い切って五六年が過ぎた。

絵解
 画は、宮内卿の屋敷。娘、少将、女房二人、父親、母、話をしている。


 こうして、正月十八日の賭弓(のりゆみ)の節に、左方が勝ったので、左大将御殿に近衛府の中将少将上達部、御子たち、左右の近衛府の官人と招かれてまたとない立派な還饗(かえりあるじ)の宴を準備した。
 招待者一同席に着いた。料理の膳が全員の前に並び、一同が杯を取って酒が入り料理に手を着けた。

 仲頼はもてる技能を出し尽くして演奏をする。垣下(えが)と呼ばれる正客以外の者、舞楽人達の席に、行正、楽所の者、仲頼、大勢の舞楽の専門の人、この者達に勝る人はいない、が大いに舞楽を演じて遊ぶ。内裏からは御息所を初め多くの姫、皇女達が来賓されて並ばれて舞楽を御覧になるので、この情景を説明する言葉がない。

 寝殿の南の廂に四尺の屏風を北向けに立てて、仲頼は屏風一双の間に座った。柱に並んで上達部、御子達が座る。そうして全員が大騒ぎをする。

 仲頼は屏風の隙間から御簾の中を見ると母屋の東面に姫達が数多く並んでいらっしゃる。誰と言うことなく皆さんが光り輝いて見えるので仲頼は茫然自失して、何も考えらられない。 

「すばらしい清らかな容姿の方々だ」

 と、心の中は何処へか飛んでいってしまっている。なお良く見ると、最初に思ったよりも、光り輝く姫君達の中で、天女が降りなされたような方がいらっしゃった。仲頼は、

「この方が、世間で名高い正頼の九姫あて宮である」

 と思い込んで見るのはどうしようもない事実である。限りなく美しく見えた姫達も、あて宮と比較すると普通に見える。仲頼は「どうしようか」と思い悩む、十姫今宮とともに母宮の方へ向かうあて宮の後ろ姿が例えようもなく美しく見える。

「夜の火影でもこれだけの美しさである」

 と仲頼少将は羨ましくも妬ましくも思う。

「自分はどうしてこの御簾の中を覗いたのだろう。このような人を見て心静かでおられようか、どのようにしようか」

 生きているのか死んでいるのか分からない気持ちで、得意の楽器を熱を入れて演奏した。

 夜が更けて、上達部や御子達も頂き物を戴いて、舎人達の一人までも貰ってみんなが帰ってしまった。

 曙に、仲頼少将この御殿を去るに当たって、

「こんな気持ちでは間もなく死んでしまうだろう。私が得意とする音楽を今日し尽くしてしまおう、あて宮も聞いて下さい」

 最高の手を尽くして演奏をして御殿を去った。

 仲頼が去りかねているとも知らずに、帰る人を見物するのだといって、姫君付きの女房達四十人ばかりが出てきた。曙にこれは見事である。これを見て仲頼は足を帰して、

「はなれて御覧になるよりは、どうして近くで御覧にならないのですか」

「側で見るのは慣れていますから」

 木工の君という女房が近くにいたので引き留めて
「丁度良いところでした、お話しできますか、私が仲頼と言うことをご存じですか」

「どなたのことです、私は全然知りません」

「じゃ今からお知りになって下さい。お聞きしたいことがありますから」

 仲頼が言っていると兵部卿の子供達が出てきたので、いまのうちに、と仲頼は出て行った。


 仲頼は放心状態で家に帰り、五六日頭もあがらずあて宮を想って臥しているが、思いが募るばかりで侘びしさが身体に充満してくる。

 この世間に二人とないと思っていた妻も、もうその存在が無くなってしまった。片時も見ないと、恋しい悲しいと思っていたのが、前に座っていても目に入らず、この身で出来ないことも、総て世の中のことおもいがけないことがある。

「何か何時もとは違いなさるようで、いつにもなく何か真剣にお考えになっているご様子」

 と、妻が言う。仲頼は、

「貴女の為にこのように真面目であるのだ。浮気をしたとでも思いか」

 と言う様子が常とは変わっている。妻は、
 
 さあ仰るとおりでしょうか

 仇ごとは音にぞきゝし松山や
眼にみす/\も越るなみかな
(貴方の浮気のことは噂で聞いています。今貴方は私の目の前でそれは本当だと仰ってるではありませんか。その声そのお顔は松山を越える波です)

 と妻が言うときに仲頼は、あて宮のことで心が乱れているが、妻の気持ちが哀れで、

 うら風のとをふきかへる松山も
仇しなみこそ名をば立つらし
(浦風が家の戸をたたいて帰るように、私はちゃんと貴女の所に来ているのに、松山を越える波が本当らしく評判を立てているらしい)

佛のような妻よ。

 と言って涙を流すが、妻は、

「私のために涙を流しているのではない」

 と、親の居る方へ行ってしまった。