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私の読む「宇津保物語」第 四巻  嵯峨院

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 戴いた文を、お申し付けのあて宮にお見せいたしましたが、ご返事を書かれませんので、私をどんなにお怒りになってお出でであろうかと思います。想う苦しさを貴方がなされている気持ちが分かりました、早く京へお戻り下さい。

 あひも見ぬ日のながらふる袖よりは
人のなみだのおちぬべきかな
(お互いにお会いしない日が長く続いたので、恋しさに私の涙は袖からあふれそうでございます)

 大変長いお別れです、早々にお帰りを
  

 行正はかこ君の文を見て、袖が濡れるほど泣いて、急いで京に戻った。心はさらに激しく動揺して静まらない、思い嘆いている秋の夕暮れ時に、空気が澄んで月が煌々と照らし、行正ただ一人で眺めていると、この世の総てが哀れに悲しく思えてきて泣き続けるので、白衣の袖に涙がかかり、それが掻練までに移って濡れてきたので、其れを脱ぎ捨てて、書き付けた

 解きてやる衣の袖の色をみよ
たゞの涙はかゝるものかは
(解き放った私の衣の袖を見てください。通り一遍の悲しみでは涙が紅には成りませんよ)

 大変に不思議でしょう、だから心を開きなされ。
 
 と書いて送ると、あて宮はやっと哀れに想ったのか、行正の文の空欄に、

 袖たちてみせぬかぎりはいかでかは
涙のかゝる色も知るべき
(大きく袖を裁ってお見せにならない限りは、どうして紅の涙ということを知りましょう)

 と書いて送り返した。

 久しぶりの平中納言からの文。平中納言は東宮の従弟 正明

 秋のよの寒きまに/\きり/”\す
露をうらみぬ暁ぞなき
(秋の寒い夜毎に)コオロギが露をいとうように、独り寝の私は涙の露に濡れない暁とてはありません)

 私のこの悲しみを知ってくれる人がいないのが淋しいです

 と書いて差し上げたのであるが、ご返事はなかった。

 この源宰相実忠は正頼の屋敷に住んでいるので人々は、

「このお方は理由があって正頼邸に住んでいらっしゃるのだ。正頼と大宮が承知しなくて、ああも馴れ馴れしくするはずがない」

 と実忠の心も知らないで、世間は評判をする。

 実忠を疑う懸想人の一人右大将源兼雅もこの評判を耳にして、あて宮に、

 文を差し上げてもお返事いただけず甲斐無いことです。内々に実忠のこと聞いていますが、ここは利口に立ち回られることをなさいませ。

 旅人もこえられぬとかわたし守
おのが船路のちかきまに/\
(旅人(実忠のこと)も隔てる川が狭いものだから、渡守が船路を安々と越えさして思いが叶ったとかや)

 と言うが、答えがなかった。

 正頼の北方大宮の弟兵部卿の宮(あて宮の叔父)からも、

 度々お文を差し上げますが、これといったお答えなく、自身参上してお答えを聞かしていただこうか、

 すみよしに見ゆるやなにぞおぼつかな
まつとこたふる人もあらなん
(住吉に見える物は何かと尋ねますと、松だと答えてくれる人があって欲しいものです)

 と送るとあて宮の返事は

 としふれば松はかれつゝ住吉は
わすれぐさこそおふといふなれ
(年がたったので、松は枯れてきて住吉には忘れ草が生えると言うことです)

 とだけ。

 このような推移の中、仲忠侍従は、毎日正頼の御殿に来て、ある時は御前で琴を弾きなどをして、さらに琴の他の遊びをして、源仲純侍従と兄弟同様の関係にある人となって話し合う。仲忠は仲純に、

「どうして参内なさらないのか。私は参内して帝の側に侍しているが、仲純がお見えにならないので、侍していても甲斐の無いようなので、退出して参った」

「参内しようと思うのだが、何となく気が重く不快なので」

「どうしていつもそうなんですか、恋しい人でもあるのですか」

「私は人の数に入っていませんから、そのような人はいません。仲忠達こそあるのでは恋しい人が」

「貴方のような良い身分の方がそのように悩まれるのであるから、私どものような者はとても。
 
 世の中で住みにくいものは独り住まいに勝るものは有りますまい。泊まるところもありませんから、里と言えばここだけです。退出しにくいと思うところは私の気が向きませんので」

 源侍従は

「そのように仰ってはなりません、心のままに過ごせる世界においでですから」

「それはご挨拶で、気味が悪い、薬にしたくてもありません」

 このように話をしていても仲忠はあて宮を密かに限りなく思い焦がれている。

 一方正頼の大宮はこちらが恥ずかしいと思うほどに仲忠を敬愛して、奥ゆかしい男と思っていた。

 仲忠は、普通の遊びの時には自分から楽器を取って演奏はしない。しかしたまたま琴を弾くときもある。言い寄る男には誰も心を傾けないあて宮でも、仲忠だけには注目した。
「仲忠をそっと見たい」

 と思うのだが良い機会がない。馴れ馴れしそうでそうでもない。だから惹かれるものがあって、興味を抱いた。 


 こうする内に、秋も終わりの九月二十日頃の夜に、風の音がして時雨が来そうである。仲忠は仲純と夜通し話明かして、暁に、仲忠、

 色そむる木の葉はよぎて捨人の
袖にしぐれの降るが侘しさ
(紅葉する秋の木の葉を避けて、わざわざ捨て人の袖を濡らす時雨が身にしみて淋しい)

 と、腹から声を出して歌うのが気持ちよく聞こえる。あて宮はその声を密かに普通の人ではない、と聞いていた。平凡な人ではないと思ったのであろう。

絵解
 この画は、左大将の曹司で、源侍従話している。料理が運ばれてくる。男が多く集まっている。


 さて、また、左近少将源の仲頼があて宮の懸想人として現れる。左大臣祐成(すけなり)の二郎である。

 この人物は世間で評判の良くできる人物で有ると評判である。楽器に精通していて、穴の空いているものは何でも吹き、緒のあるものは弾き、総ての舞、数多くの手の込んだ所作、世間並みから大きく飛躍している。容貌も非の打ち所がなかった。普通の男並みの女好きであった。世にある楽器の中で仲頼が手に触れないものは楽器ではないということであった。

 帝、東宮ともに世には貴重な人材であると大事にして、笛の師匠でもあるので、仲頼は常にお側に侍していた。

 時を得て当時の世にもてはやされる。今の殿上人の中に、仲頼・行正・仲忠・仲純に勝る者はいない。この四人が申し出れば、帝は年に一度の除目を何回でも本人の希望を与えようと思うほどであった。

 正頼の子供達も、一姫の女御が御息所としていまや全盛にあるので、正頼に繋がりのある者に帝は譲位しようと思うのであるが、藤侍従仲忠も今ときめいている一人であるので、世間の人は通いはしないであろうと思いながらも、婿として迎えるが、仲忠は二夜続けて通うということはしなかった。