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私の読む「宇津保物語」第三巻 藤原の君ー2

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正頼が内裏へ参内する用意をしている。車が飾りを装着して待っている。厩より乗り換えの馬、副馬が引き出される。見送りに息子達が出てくる。
 
 第三の画面は、政所、事務を執るところ、四位、五位達が正頼達の食事のお下がりを食べている。

 第四の画面は、準備をするところ、厨、小部屋、五人ほどで米つき。 鷹飼いが、鷹を木に据えて、鵜飼いもいる。鵜が鳴き叫んでいる。魚を捌いている。


 いろいろと考えているところに眞菅帥は、

「あて宮は東宮妃になられるであろう」

 という噂を聞いて腹がたち、あて宮に昔から仕えている老女房の殿守と、前にも逢ったことがあるので。殿守が起居する棟(曹司)に忍び込んで、

「結婚を忌み嫌う五月は過ぎた。さて、あて宮のこと成し遂げてください。物事をやりっぱなしにはなさるな。中だるみは良くない」

「そのことはしっかりと考えておりますが、困ったことがございます」

「そう言われるのは、私の妻があて宮に無礼なことをして、争うようなことになるだろう、とご心配なさるのでしょう。問題有りません、妻は筑紫より都へ上る道中で亡くなりました。妻は豊後の介の愛娘、私が皇族の血をひいていると、私の許に参ったのであるが、この春に子供を産んで亡くなった。まだ子供のような妻でした。

 さて、あて宮を東宮に差し上げると、噂を聞きました。どいうことですか。何処の誰が、すでに私が申し入れをした女をほかへ嫁がせようとするのか。よくよく考えてからそのようなことはするのである」

「まさかそのようなことは、ありますまい。内裏にはあて宮の姉君の女御がおられます、入内はなさらないでしょう」

 帥眞菅は

「あて宮を側で見られるようにしていただきたい」

 あて宮に昔から仕えている老女房が居た。殿守という名前で呼ばれていた。殿守は、

「とんでもないことを仰いますね。世に評判の高いあて宮ですよ。そのうち貴方の処へお連れ申しましょう」

「この私をあて宮と結婚させてくれたら、一生涯困らないようにしてあげましょう。普通に姉君たちは夫を持っておられるのに、独り身で捨て置きなさるよりは、この年寄りの庵にお出でになって、私は料理を器に盛って最初の箸をお付けになるように致しましょう。

 荘園の産物はあて宮一人に差し上げましょう。お衣装にもご不自由かけません。

 他人があて宮を見たときに、帝の后になったよりも劣らない、と言うであろう」

 などと言っていると、実忠が、

「兵衛の君はどちらですか」

 などと言いながら探して、眞菅と居るところを覗いたので眞菅が怒って、

「これはこれは、実忠宰相殿ではありませんか」

「そうであるが、どうしてここにおられる。この兵衛の君も今は独り身、御身も一人、其れでここにおられるのか」

 眞菅は、いらいらしたりして手の指をからみ合せながら、

「どうして寡婦が一人の処に鰥夫が同居させて貰うと言うことがあるものですか。お気遣いなさらないでください。そういうことはしっかりと考えた上でしますよ」

 可笑しいと思いながら実忠は外に出たので、兵衛は、

「本当に実忠宰相が言われた通りなのですか。そのようなお気持ち私には見えませんが」

「だいたい、あて宮はどうなっているのだ。あて宮のお使いを明日にでも寄越されたら、また何かを差し上げましょう」

 と言い置いて、眞菅の帥は立ち去った。


 そうして七月七日になった。

 正頼一家全員が加茂川の河原に出て、髪洗いの儀式を行う。正頼の妻の大宮を初め小さい女の子までが河原に来る。
 見物用の桟敷を造り、男の子たちがお出でになろうとしている。

 七夕祭りの節句の料理を河原で召し上がった。姫達は髪すすぎを終えて、七夕を祝って琴の演奏を祭りに捧げていると、東宮より姫達の母親の大宮に、次のような歌が贈られてきた。

 思ひきや我待つ人はよそながら
七夕つめのあふを見んとは
(私が待っているあて宮は私をよそにして、棚機津女が牽牛に相会うのを見ようとは全く思いも掛けないことでした)

 今日七月七日という日さえ妬ましく羨ましい。

 と言ってこられた。大宮がご返事を、

 七夕はすぐさぬ物を姫松の
いろづく秋のなきやなになる
(七夕には二星は必ず相会するものを、姫松が大人になる時がないのはどういうわけでしょう)

 年に一度の今日より、なお会いがたい二人であることよ。

 と書いて使いに渡し、女の装束一揃えを褒美に取らせた。大宮は、

「あて宮を懸想して送ってくる人たちの文を見ることが特に哀れです。あて宮の成長を喜ぶ気持ちも込めて、身にしみて感謝している」

 と、思って東宮の文に書き込んであて宮に渡した。

 すもりごと思ひし物を雛どりの
木綿つくるまで成りにける哉
(孵化しないままの卵と思っていたのに、幼い雛鳥が木綿(ゆふ)を着けるほどの大人になったことよ)

 はい、どうぞと大宮はあて宮に渡した。あて宮は読んで笑い、一番姉の女御に渡した。

 姉の仁寿殿女御は手にして

「どうしてお母様に返事をしないの」

 めづらしくかへるすもりにいかでかは
       木綿つけそむる人もなからん
(珍しく孵化した巣守ですから、どうして木綿をつけそめる人がないことがありましょう。必ずそういう人が現れますよ)

 と言っているうちに夜が更けていった。女君たちが琴を合奏なさると、彦星が天の河を渡るのを見て、民部卿夫人の五姫が、

 白露のおくとみしまに彦星の
雲の舟にも乗りにける哉
(夜になって白露がおくと見る間もなく、彦星は織女星に会うために雲の舟に乗ってしまいました)

 中務の宮北方である中姫が、

 秋をあさみ紅葉も散らぬ天の川
なにを橋にてあひ渡るらん
(秋が浅いので紅葉も散らない天の川を、何を橋にして彦星は渡るのでしょう)

 右大臣藤原忠雅北方六姫、

 年ごとにあふとみながら天の川
幾代わたるとしる人のなき
(二星は毎年天の川で出会うと知ってはいますが、幾代にかけて会っているかを誰も知りません)

 民部卿宮北方、五姫が

 てもすまに我くる糸を彦星の
よるの衣におるやたなばた
(手も休めずに織った糸を棚機津女(たなばたつめ)は、まあなんと、彦星の夜の衣に織っているではありませんか)

 左衛門の督(すけ)夫人八姫、ちこ宮は、

 明けぬとて待つ宵よりも七夕は
かへるあしたやわびしかるらん
(織女にとっては、七日になったと喜んで、夜になるのを待つ気持ちよりも、会ってしまって彦星の帰る朝の方が、どんなにか淋しく堪えられないでしょう)

 源実正宰相夫人、三姫、

 年ごとに我がよる糸のたちかへり
千歳の秋もくらんとぞ思ふ
(七夕毎に、私の撚る糸を繰り返し繰り返し、千年もの後もこうして、糸を繰ろうと思います)

 左近衛中将源宗方夫人、四姫、

 七夕のまれにあふ夜の東雲は
        みる人さへも惜しくもあるかな