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私の読む「宇津保物語」第三巻 藤原の君ー2

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「戴くことは有り難いことですが、激しく怒られて人を縛り付け、戴いた物を返すことになれば、これから先お殿様が間違えるようなことであれば、今日のような目に遭わされるのでしょう。上手く事が成就したときに、綾錦を頂戴しましょう」

 真菅は、聞いてまた怒りだし、

「だいたい卑しい女のくせに生意気なことを申す。もう一度この女を縛り付けよ、お前のような女が間に入らずとも、私の財宝で事は成就するのだ」

 と、罵りきつく言うと女は逃げ帰ってしまった。


 ところで、あて宮に昔から仕えている老女房が居た。殿守という名前で呼ばれていた。眞菅は呼び出して、眞菅があて宮を妻に迎えたいと相談する。殿守は、

「其れは結構なことでございます」

 と言う。

「あて宮を無事に我妻となしえたら、貴女をこの白髪の上に据えて、拝むことにしよう」

 と言って、眞菅はこの老女に綾十匹と銭を廿貫を与えた。



 さて、あて宮への恋心が募り、家を捨て家族を捨てた、宰相源実忠は、あて宮付きの女房兵衛の君を呼び出して、いろいろと話をする。実忠は、

「先日、私の文の返事をすぐ戴いて本当に嬉しかった。いただいたとき、私は比叡山で、あて宮への恋心をどうか消滅してください、と祈っているところでした」

 兵衛の君は、

「久しくお出でにならないので『何処にお出でになったのか』とあて宮も父の正頼様もお噂してお出ででした。そうですか、山籠もりなさっておいででしたか」

「平静な心であればこそ宮仕えというのは出来るのです。世に生きていくのさえ出来かねている私に、殿上の交わりは出来ません」

 と、実忠は、

 比叡の山で戴きました文のお返事をすぐ書くのが常のことですが。塵の山にすることは訳ありません。そこで、

 恨むれど嘆くかずにもゐぬ塵や
深き愛宕のみねと成るらん
(私の恨み嘆く数には到底及ばない塵でも、直ちに高い愛宕の峰となりますように、「なげきの数」が、時の間に積もれる山となるでしょう)

 と書き、兵衛女房に、

「これを差し上げてくださって、ご返事を戴きたい。貴女のご親切をただ限りなく嬉しく思っていましたので、今後も私のことをいつも心の中に止めおいて下さい」

「私はそのように思っていますが、あて宮は貴方に北方がおられると思っておいでです」

「さて、私には綻びを縫ってくれる者もいません。良く見てください」

 と言って、綾の掻練袿一襲、小袿、袷の袴を兵衛にあげようと、

 唐衣とき縫ふ人もなき物を
なみだのみこそすゝぎ蓍せけれ
(着物を解いたり縫ったりしてくれる妻もいないのにまあ、涙ばかりが洗濯して着せてくれます)

 と詠って、兵衛に渡す。兵衛は、

「お言葉の綻びが気がかりでございます

 ぬひしをもほころぶまでに忘るれば
      結ばん事もいかゞとぞ思ふ
(あなたのために縫ってお着せになった着物が綻びるほどに、その女君をお忘れになったのですから、あて宮との契りを結ぼうというお心も怪しいものでございます)

 お文をお持ちしてもあて宮は御覧にならないでしょう。どうしてそのようなところに参ったのじゃとおっしゃることでしょう。実忠様のお召しがあっても、今後は参上しません」

「おかしなことを兵衛おもとは言われる。実忠と対面したとも仰いますな」

「なんと、臆病になって居おられることかな」

 いろいろと話をされて、兵衛女房はあて宮の許に参上した。兵衛は実忠の文をわたし、実忠が色々と言ったことをあて宮に言うが、あて宮は答えなかった。


 そこで、源宰相実忠はあて宮の御殿の簀の子に立ち寄って、兵衛女房を呼び出して、

「いかがでしたか、私の申し上げたことをお伝えしていただきましたか」

「しっかりとお伝え致しましたが、あて宮は何にも仰いません」

 夕暮れになり帰ってきた鳥たちがその巣を探して鳴き歩くのを見て、

 巣をいでてねぐらも知らぬ雛鳥も
なぞや暮れゆくひよと鳴くらし
(巣を出てその巣に帰る事も出来ない雛鳥でも、夕暮れになれば鳴くのはどうしてだろう)

「塒を恋しがるのは私一人ではないのだ」

 実忠が言うのを、御殿の中であて宮も聞いたことだろう。

 
 また兵部卿より文がある。

 久しく思いを寄せている気持ちも、かすかなご返事を戴いて思う想いをなぐさめられ、

 夏の野にあるかなきかにおく露を
      わびたる虫は頼みぬるかな
(夏の野に置く有るのか無いのか分からないほどの僅かな露を、生きるよすがとも頼みともしているのですよ)

 と送ったがこの度は返事がなかった。


 右大将兼雅からも、

 お文を差し上げてもご返事が戴けないので甲斐の無いことですが、そうかと言ってなかなか思い切ることが出来ないものです、

 かくばかりふみ見まほしき山路には
      許さぬ関もあらじとぞ思ふ 
(こんなにまで行ってみたいと願う山路には、通行を許さない関所というものは無いと思います)

 貴女を想う深い気持ちは頼りになりますよ。

 と言っても返事なし。

 平中納言(東宮の従兄弟)は、

 あなたにお文を差し上げて以来久しくなりますが、心許なく不安なのはどういう訳でしょう、

 幾くたびかふみまどふらん三輪の山
杉ある門はみゆる物から
(幾たび三輪山に入って踏み迷うのでしょう。杉のある門はそれそこに見えているのに)

 度々差し上げた私の文は御覧になられたのでしょうか。 

 送ったのだが、返事はない。


 あて宮が多くの人たちから来る文を見ないのを、三の親王祐純が、あて宮の近くの松の木に蝉の声が高く響くのをきいて、

 かしがまし草葉にかゝる虫の音よ
我だに物はいはでこそ思へ
(草葉の中から虫の音がやかましく聞こえてきます。私だけは声も立てないで貴女をじっと思っているのです)

 草葉という住むところのある虫でさえこんなに鳴き止まないのです。
 
 あて宮は、聞こうともしない。兄の侍従仲純が琴を弾きながら、

 人を思ふ心いくらに砕くれば
おほく忍ぶになほいはるらん
(人を思う心が幾つにも砕けたので心の多くは外に表すまいと堪え忍ぶのに、残る心が口に出してしまうのでしょう)

 いつものようにあて宮は仲純の言うことなんか聞こうともしない。

 行正はあて宮の妹宮、あこ君に頼んで、次のような歌を詠む、

 山がつのあとなる水も清ければ
空行月のかげをまつかな
(賤しい身分の私ではありますけれど、その流れは清く澄んでいますから、空行く月はきっと宿るであろうとお待ちしているのです)

 返事なし。

絵解

 第一の画面は、大将正頼の住むところ。あて宮が居る。七番目の兄、侍従仲純と琴を弾いている。三姫琴を弾いている。女房達多く、童もいる。

 第二の画面は、正頼と大宮の住む北の御殿。宮は食卓に向かって食事をしている。そこは献上品が多い。帥眞菅が奉ったもの、透箱・唐櫃に絹・綾などがある。陸奥の守が贈った陸奥紙が見える。北方の宮は透箱を開いて綾などを見ている。