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私の読む「宇津保物語」第三巻 藤原の君

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 二人は仲良く話をして兼雅の住む殿に来て、管弦を楽しむついでに、兼雅は、

「貴方に聞いていただきたいことがあるのですが、なかなか言い出しにくくて」

「おかしなことを仰いますね、あまり付き合いがない者には言い難いこともあるでしょう。私たちは・・・・・」

「何となくきまりが悪いことで、貴方に言わないで忘れてしまおうと思うのだが、そうはどうも出来そうもないので、まず貴方に聞いてもらいたい、と思ってここへお連れしたのであります。
 貴方の父上正頼殿は、あなた方男の皆さんを共に住まわせになっておられます、そこの中にどうしても私を入れていただけないか、お伺いいたしたかった」

「住むところが無い人を住まわせてお出でになるのでしょう。おかしなことを言われますね」

「それ、歌に
 『なにせんに玉の台も八重葎生へらん宿に君とこそねめ』
 というのがあるでしょう。実は、大殿の中姫(あて宮)を幼いときから美しいお方と存じ上げており、せめてこのように思い詰めていますことを貴方に聞いて貰わないと気が収まらないのです。貴方もあの若宮のことをお考えになって兼雅の思いを察してください」

 中将は少し微笑んで、

「そういうような恋心を抱いて、女好きの名前が付けられまして、いい恥さらしをいたしましたので、他人事と今は忘れてしまいました。

 今はあのような恥ずかしい苦しいことを他人にさせたくないと思っています。娘を親は嫁にやらないと言うことは考えないのですが、あの娘だけはどうも親の許に置いておいて嫁には出さないようです。

 東宮の求婚も、まだ消えていません。そうですから、今貴方がこうこうでと申し上げてもお聞きにはならないでしょう」

 兼雅、もう言うことはない、

 我ひとりいふにあかねばくれなゐの
     袖もつげなん思ふ心を
(私が口にするだけでは満足出来なくて、涙で紅になった私の袖も思いに悩む心を告げるでしょう)

 中将

 思ふ事おほかる袖の色をみて
ひとりたのまんことの苦しさ
(大勢の女に思い悩んだ袖の色を見て、自分一人のための涙と思い誤って貴方を信頼するとしたら、あて宮がかわいそうです)

 そうして、東宮の従弟の平中納言という賢い色好みの遊び人で、婿のある女も。皇女(みこ)も、御息所もこの平中納言に言い寄られて靡かない女はない。

 その平中納言は、あて宮のことを聞いて便りを出さないはずはない、そこに兵衛の尉(じょう)である正頼の十男、頼純が平中納言の許に働いている。

「このように、あて宮を恋しているから、文を届けてくれ」
 と頼むが、そのことはもうあて宮の耳に聞こえていて、それがきっかけで、文通が始まった。それは次のような、

 さゞら波たつをばしらで川千鳥
はねいかなりと人に告ぐらん
(さざら波が絶えず音を立てているのを知らずに、川千鳥は、平気で羽が濡れるとか何とか人に話しているのでしょう)

 と思うと妬ましい。

 とあて宮に差し上げると、あて宮は兵衛の尉と一人で会って、気にしないで平中納言の文を見ると

「おかしな文をお見せになって」

 兵衛の尉

「おかしな文ですか、平中納言の文です」

「変わったお方ですね、」

 と言ってあて宮は走り去ろうとするので、兵衛の尉は強引に懐に押し込んだ。


 実忠(さねただ)宰相は、あて宮お付きの女房兵衛に思いを語る、

「夢ほどのはかない文でよろしいから、あて宮の文が頂きたい」

 と、花桜のいい枝振りにつけて、

 思ふ事しらせてしがな花桜
    風だに君にみせずやあるらん
(私の切なる思いを知っていただきたいものですね。風のようなものでもそれをあなたに知らせずにはおかないでしょう。まして、この花桜が風以上に私の思いを告げてくれるといいが)

 と書いて女房の兵衛に、

「これを必ずお見せして」

 と兵衛に渡すと、女房兵衛は、

「おお、怖いこと、文の取り次ぎをしたと知れたら、私は塵のように放り出されます」

「何かおかしな事を申し上げたと言うことであれば、ただ桜の花をご覧になってと言うことだけ。何か下心あるように思われますか。気楽にお考えになってお取り次ぎください」

「そんならお預かりいたしましょう。いつものようにご返事は期待なさらないように」

 兵衛は持参して、あて宮の前で書く、

 ほのかには風のたよりにみしかども
いづれの枝としらずぞ有りける
(はっきりではないにしろ風のたよりで拝見しましたが、どちらの枝へ吹く風なのか分かりませんね)

 と書いて、あて宮に

「このように仰れば」

「だれです、兵衛に言い寄るのは」

 あて宮が言う。兵衛が持って出て、

「宮はご覧になって、これは兵衛が頂いたものです、と紛らして笑い、御前にいる者達があれこれと申したものです」

「そうですか、兵衛が書いたものですね、珍しくもないものは降る雪とでも言いますか」

「実は、このような馬鹿にしたようなことは受けません。冗談にも、真面目でもない文にあて宮が返事をされることはありません」

 女房の兵衛は言う。宰相、

「少しでもあて宮に見ていただいて、ご返事を。そうすれば二度と文は差し上げません。思う人の身に自分の気持ちが通じればいい、と考えるのは、相手の人がわたしが思っていると言うことを知らないと
きですね」

 こうして、銀の薫爐(ひとり)に白銀の籠を被せて、香木の沈を砕いて粉末にして灰にまぶして心の思いと火を入れて、いろんな香をまぶした黒い塊を転がして、

 ひとりのみ思ふ心のくるしきに
けぶりもしるくみえずやあるらん
(自分一人で思い焦がれて苦しいので、下燃えの煙が立ち上って、貴女の目にもはっきり見えることでしょう)

 その煙が雲となるのですよ。

 表に
「兵衛の君、御許に」

 とあったので、兵衛女房はあて宮にご覧に入れた。

「変な物でありますね」

「どうしてこれをご覧になって、ご返事なさらないのですか。時々はご返事をお書きになっては」

「そうであるから、返事の仕方が分からないので、今勉強中なのですよ」

 と、あて宮は言う。

 宰相は

「兵衛の君は、未だに物をはっきりと言わない癖が、まだ続いているのですね」

「お見せしてと冗談のように仰って、お笑いになったので、また、お見せしていません」

 と言うので、宰相は変わった蒔絵の箱に絹や綾を入れて、兵衛に与えて、色々という。兵衛の君は、

「このように貴方が仰るので、そっと『このようなことで』というと機嫌悪くされる。が、あて宮はいろいろと言い回して落ち着きがないようである、何かに紛らしてしまわれる」
 
 宰相は、

「そういうこともあろう、同じ兄弟が、わたしの兄の民部卿や、中将などが婿となって同じ町に住んでおられるではないか、どうして弟実忠(さねただ)のわたしだけを疎外なさるのだ。末弟だからと言って望みがないわけではないでしょう、命は別ですか」