私の読む「宇津保物語」第三巻 藤原の君
五郎 左兵衛佐 顕純(あきずみ) 年廿六
六郎 兵部大輔(たいふ)兼純(かねずみ) 年廿五
宮の子供
七郎 侍従中純(なかずみ) 年廿七
八郎 大(后宮)の大夫(だいぶ)基純(もとずみ)年廿三
大イ殿の、
九郎 式部丞(じょう)殿上人 清純(きよすみ) 年廿二
宮の、
十郎 兵衛尉(じょう)蔵人 頼純(よりずみ)年廿
宮の
十一郎 行純(ゆきずみ) 年六
大イ殿の
十二郎 近純(ちかずみ) 年六
女子は、宮の娘
一姫 宮の兄今の帝に仕えて、男子四人女子三人七人の母で、年卅一
大イ殿の
二姫 先の嵯峨帝の弟中務宮の北方 年廿一
三姫 左大臣(源季明)の長男 頭宰相源実正の北方 年十九
四姫 左大臣の次男 左近中将実頼の北方 年十八
宮の
五姫 民部卿の宮(朱雀帝弟)北方 年十七
六姫 右大臣藤原忠雅(ただまさ)北方 年十六
七姫 衛門督(かみ)藤原忠俊(ただとし)北方 年十四
まだ未婚の、八姫ちご宮 年十三、九姫あて宮 年十二、十姫今宮 年十一、
大イ殿の
十一姫は 年十、十二姫は 年九、男七歳。
宮の
十三姫 そで宮 年八、十四姫 けす宮 年七、その弟の男宮は年七歳である。
そうして、以上のように大勢の男の女の子があって、男子は妻を得ていても決して正頼はこの三条の御殿以外で住むことを許さない
「大きな屋敷である。私の代が続く限りはこのように住みなさい。外へ住む者は我が子とではない」
言われて。四町に分けた三条の四丁の敷地のそれぞれの町に、
一宮が生まれた一の君を町の一つに住まわせる。
五間四方の大殿一、十一間の長屋を一棟を造り、
一つに大イ殿の子供達三人、二三四の君。
一宮の子供達四人。五六七八の君
町々に住まわせて、未婚の姫も殿舎を造ってそこに住まわせた。
正頼夫妻が住む町の寝殿には、あて宮をはじめ、女三人、と女御に上がり、宮の兄今の帝に仕えて、男子四人女子三人七人の母となった一姫の三人が寝殿に住む。
そこには、髫髪(うない)髪の子供、心と姿の綺麗な下仕えを選んで住まわせた。
寝殿を中心に、
西の大殿には、一姫の女御の方が住まわれ、
東側の大殿には女御の男の子四人が住む
正頼夫婦は北の方に住む。
一宮の男の子供は、部屋のある廊下に住む、
板屋根の小屋は警護の侍達が住む。
女房達の部屋は廊下の周りの部屋を与えた。
宮の長男、左大辯忠純には正頼の近くの部屋を特別に与えられた。
馬や、倉庫群。事務をする政所、離れて設けた。
絵解
ここは正頼と女一宮の住む大殿町で池が広く、前菜や植木が気持ちよく植えられて、大殿や部屋のある廊下が多くある。
曹司町(ぞうしまち)貴族や武家の邸宅内で子弟に与えられる部屋。局。が集まる一角。召使のいる建物、下屋(しもや)はみんな檜皮葺。
中心になる寝殿には、あて宮、その妹たち、一姫の女御の皇子達、合わて七人、いずれも歳は十三歳以下である。上級の女官(御達)大人卅人ばかり、童六人、下仕六人、乳人などが侍する。童はあて宮にお仕えする。
西の大殿に姫達が住む、下仕、童、大人の御達(女房)は、同じ人数である。
帝より文が送られてきて、それを読んでおられる。
東の対には一姫の女御の皇子達沢山おられる。みんなで碁を打っておられる。
北の大殿には、一宮と、父親正頼が住んでいる。大臣正頼、内裏から呼ばれて急いで参内する。
二番目の画面は、西の大殿には、一宮の六姫(年十六)が結婚してその夫とともに住む大殿町、出産間近である。夫は、右大臣の太郎である。
東の大殿には、宮の七姫 年一七歳が夫の右衛門督と住んでいる。
北の大殿には未婚の八姫がおられる。将来を見越しての準備。池が広く、上木が立派で、反り橋や、釣殿があった。
三つ目の絵は、大イ殿の君が住む大殿町。家屋の数は同じである。寝殿に北の方が住む。御達(ごたち)夫人達が多い。
西の対、中務の宮北の方、大イ殿中姫年廿一。お生みになった男達四人は廊下の部屋を住まいにしておられる。
東大殿に、大イ殿の三の姫年一九、が住まれて、夫は左大臣の太郎、子供一人。
南大殿、大イ殿の四姫年一八、子供はいない。源中将の夫人。
そうして、正頼の姫達はみんな清く美しくおられるが、あて宮は年一二となる二月に裳着の式を行ってまもなく、成人女性となる。
大勢の姉妹の中で特に容貌が優れて性格が細やかで、当世風で人情もわきまえていたので、父左大臣、母宮はとても大事にして、あて宮を将来何にしようかと楽しみにして月日が経つうちに、民部卿中将実頼の弟、左大臣の三男実忠、がこの当て宮に懸想して、
「どうして近づこう」
と考えるが、左大臣のあて宮の父正頼に申し入れても聞き届けには成らない。
内緒であて宮に文を送っても、軽々しくはしたないように思われる。いろいろと考えて、民部卿に相談しようと決めた頃に。あて宮の乳母で美しく心のすがすがしい人がいて、兵衛の君という名前で侍していたのに、親しくなって、
「実忠が、正頼の御殿にいることを、奥のあて宮に知らせてくださったか」
と、考えていることを言うと、
「ほかの戯れ言はともかく、懸想するような言葉は、とても承ることは出来ません」
「初恋の悩みは、咎めるものではないぞ。
思いあまればこそ、大勢の中から貴女を選んでお話をしているのです」
「そうであれば、真心を持っての話ですか。そうでなくては、このようなことを軽々しく申されることではありません」
乳母の兵衛の君が実忠に応対していると、宰相実忠は珍しく生み落とした雁の卵に書き付けた。
卵のうちに命こめたる雁のこは
君がやどにてかへらざらなん
(殻の中に命をこめている雁の子ですから、孵化したくないのです)
いつものこと。
と認めて、
「これは、中の御殿で、貴女一人読むんだよ、他人には見せなさんな」
と兵衛に渡すと、彼女は笑って、
「孵化しない卵として親が生んだように、貴方が思いつめていらっさやるからおかしくて・・・・・まあ、そんなところでしょうな、貴方のお気持ちは」
兵衛はあて宮に渡して、
「孵化しない雁の卵をご覧ください」
あて宮は、
「苦しい願いですね」
こうして、ここに歳は三十になる右大将藤原兼雅(かねまさ)という、世の中に関心をもち特に女好きで、広い敷地に多くの家屋を建てて、身分の高い人の娘を妻妾にして家々に住ませ、そこの中心の大殿に兼雅は住んでいた。
この兼雅が、あて宮に懸想した。
あて宮の父正頼と兼雅の父親は親しい間であった。そのことは「俊蔭」巻終末近くに述べられている相撲の還饗(かえりあるじ)の辺りを読まれるとはっきりする。
兼雅は親しい間柄の父親に話さないで、あて宮に直接接触する方法を考えて、正頼殿の三男右近中将祐純は兼雅の勤めている近衛府の次官であると思いついた。
作品名:私の読む「宇津保物語」第三巻 藤原の君 作家名:陽高慈雨