キモチのキャッチボール
トオルはなぐさめているつもりであったが、何のなぐさめにもならなかった。
タカシたちは、それぞれ自分たちの新しいクラスに入り、新しい担任の先生の来るのを待った。タカシは三年のとき、わりと仲のよかったマサオのとなりにすわった。それから、ミキコがどこにいるか見回してみた。すると何度見てもミキコを見つけることができなかった。
(あれ、おかしいな。別のクラスだったのかな。いや、そんなことはない。確かに同じクラスのはずだ! きっときょうは欠席なんだ)
タカシはそう思うとホッとしたが、ちょっと気になった。まもなくマサオくんが話しかけてきた。
「ねえ、どうしたの? さっきからきょろきょろしてるけど。だれかさがしてるの?」
「いや、別に何も。それよりさ、今度の先生どんな先生か知ってる?」
「やさしい先生だって、お母さんが言ってたよ」
「ほんとう! よかった」
タカシは気をよくして、ミキコもちょうどいないことだし、ミキコのことをマサオに聞いてみることにした。
「あのね、サカモトミキコって知ってる?」
「だれそれ? ぼく、知らないよ」
「同じクラスの子だよ」
タカシは、マサオが知ったら驚くだろうなと思った。
「どんな子? どこにすわってるの?」
マサオは興味しんしんである。
「きょうはいないよ。休んだみたいだよ」
「なんだ」
マサオはがっかりしたが、気を取り直して話を続けた。
「その子どんな子?」
「ええと、あとのお楽しみ!」
タカシはもったいぶるつもりはないのに、どういうわけか意地悪をしてしまった。
「ずるいよ。早く言えよ!」
マサオはとうとう怒り出した。
「わかった。わかった。言うよ。サカモトミキコはコワイ子だよ。」
「コワイ子って、どういうこと?」
「そのうちわかるよ。……まだ話したことないんだ。聞いた話なんだ」
「なんだ」
マサオは拍子抜けした。
そうこうしているうちに、担任のカワノ先生が教室に入ってきた。それまでおしゃべりをしていた子どもたちは全員、おしゃべりをやめてカワノ先生に注目した。緊張はピークに達していた。一年間で一番緊張する場面である。
「おはようございます」
カワノ先生の大きな声が教室に響いた。その後、全員であいさつを返した。
「うわあ、みんな元気だね。担任のカワノです。よろしくお願いします」
先生が話を続けようとしたとき、
「先生、ドアが開いているので、しめていいですか?」
と廊下側の前の席の子が言った。
「あ! いけない。ドアしめなくていいよ」
カワノ先生はあわてて廊下に出て行って、一人の女の子を連れてきた。すると「転校生だ!」とさけぶ子がいた。
「転校生ではないのですが、みんなに紹介します」
タカシがその女の子を見たとき、心臓が飛び出るほど驚いた。その女の子はミキコだったのだ。
(どうしてあそこにミキコちゃんがいるのだろう?)
「三年生のとき、同じクラスだった人は知ってると思うけど、サカモトミキコちゃんです。ミキコちゃんは足が少し不自由です。走ったりとんだりすることはできません。だから、できないことがあるので、そのときはみんなで助けてあげてください。わかりましたか」
先生が言い終わると、みんなは元気よく返事をした。それから先生は、ミキコにひとこと言ってもらった。
「わたしは、足が不自由で、歩くのもおそいけど、できることは自分でしたいです。だから、できないことは手伝ってください。お願いします」
そう言い終わると、みんなは拍手をした。
そのとき、マサオがタカシの肩をトントンたたいて、
「タカシくん、ミキコちゃんのこと、もうわかったよ」
と得意そうな顔で言った。タカシは、マサオくんはあまいなと思った。やっぱりあとのお楽しみだとおもった。
この日は体育館で一学期の始業式をしたり、新しく来た先生方の紹介式をしたりした。体育館の行き帰り、ミキコは思ったよりも歩くのがおそくなかった。本人なりにいっしょうけんめい歩いていた。タカシは感心してしまった。それから教室にもどって自己紹介をした。自己紹介が終わった後、班を決めたいと言った子がいたが、学級会のやり方について勉強した。班は明日決めると先生が言った。できればミキコと同じ班にはなりたくないタカシであった。
3
次の日、みんなが楽しみにしていた班決めがあった。最初に班長を決めて、班長が班員を指名するというやり方であった。タカシは班長のユキコに指名された。指名された人は、一度だけ「イエス」か「ノー」と言えるのである。タカシは特に希望する班がなかったので、ユキコの班になった。
次々と班員が決まっていった。あと決まっていないのは、ミキコたち数人だけだった。(班長、ミキコちゃんだけは選ばないで!)タカシは祈るような気持ちだった。そのときユキコが、
「ミキコちゃん、いいですか?」
とミキコを指名した。すると、
「はい」
とミキコは答えた。タカシは一瞬、目の前が真っ暗になったが、気を取り直して、隣の席だけにはなりたくないと思った。
トオルにミキコと同じ班になったことを話すと、「おめでとう」と前のように言われるかと思ったら、「そうか」と言ったきり、あとは何も言わなかった。
新しい班の活動が始まった。タカシたちの班は五人で、班長のユキコ、ミキコ、ナオミ、アキラである。タカシの隣の席はナオミで後ろがミキコであった。タカシの最後の希望だけはかなった。ナオミはおとなしい子であったが、ミキコはよくしゃべる子であった。最初からタカシに話しかけてきた。
「ねえ、タカシくん。算数の宿題やってきた?」
「うん。いちおう」
タカシはぶっきらぼうに答えたが、ミキコはおかまいなしに話しかけてきた。
「『大きな数』の読み方って、むずかしいなあ。タカシくん、ちょっと教えて」
と言いながらミキコはタカシの背中をちょんちょんと突っついた。タカシは仕方なく後ろを振り向いて、ミキコに教えた。
「あ、わかった! ありがとう。タカシくんって、教えるのじょうずね。学校の先生になった方がいいんじゃない」
タカシはミキコにほめられて、すっかり気をよくしてしまった。さっきまでぶっきらぼうだった態度がうそみたいである。
「ボク、算数得意じゃないし、きらいだよ。ミキコちゃんの方が教えてもらうのが、じょうずなんじゃないの?」
タカシはほめられたので、お返しのつもりで変なことを言ってしまった。
「教えてもらうのにじょうずもへたもないでしょう。きっと、タカシくんは、自分もわかろうとして、いっしょうけんめい教えてくれたから、わたしわかったんだと思うよ」
タカシはミキコの言ったことを素直に受け取ることにした。「また教えてね」というミキコのリクエストにも快く返事をしたのである。
二時間目は学級活動の時間で、各班で副班長を決めることになった。初めての班会議である。
「副班長になりたい人?」
班長のユキコが班のみんなに聞くが、みんなやる気がないようだった。どうして、みんなは副班長になりたくないのだろうか?
「やりたい人がいないから、推せんで決めます。だれか推せんしてください」
「班長が女子だから、副班長は男子がいいと思います」
作品名:キモチのキャッチボール 作家名:mabo