【創作】「rain」【BL】
ルークは、レインが鞄からノートパソコンを取り出すのを、黙って眺める。
パスワードを打ち込もうとしたレインの動きが、一瞬止まった。ルークが制止しようと手を伸ばしかけた時、レインは悲しげな目で、パソコンの向きを変える。
「どうぞ」
ルークは、表示されている文字列とレインの顔を交互に見やってから、「すまない」と頭を下げた。
「君がデータを破壊するのではないかと、疑ってしまった」
「いえ・・・・・・気にしないでください。そう考えたことは事実だから」
気まずい沈黙の中、ルークはざっと目を通してから、レインに解説を求める。相手は微笑んで、「僕です」と言った。
ルークは二・三度瞬きしてから、困惑気味に口を開く。
「すまない・・・・・・意味が」
「僕、ですよ。このパソコンの中には、『レイン・エリスン』のデータが入っています。悪用されるのを防ぐ為に、パスワードを一度でも間違えたら、全てを消去する手筈になっています」
淡々と語られた驚愕の内容に、ルークは再び文字列を凝視して、
「もし、復元されたら・・・・・・?」
「ルーク、いくら僕でも、そこまで浮き世離れしていません」
ルークが顔を上げると、レインが悪戯っぽく微笑んでいた。ルークも、ふっと笑いを漏らして、体を起こす。
「ありがとう、レイン。おかげで、このパソコンも守る必要があると分かった」
「違法なデータですよ?」
「でも、君だ。私は、君を守る」
頬を染めて俯く相手を抱きしめたい衝動に駆られるが、ぐっと堪えて、ルークは新たな疑問を口にした。
「何故、自分をデータ化しようと? 研究の為?」
レインは首を傾げ、「それもありますが」と言った後、ふと遠くを見るような目をする。
「窓を、閉めなさいと言ったんです」
「え? 窓?」
唐突な言葉に、ルークは寝室の窓へ視線を向けた。室内の明かりを反射したガラスは、きちんと鍵まで掛けられている。
レインは淡々とした口調で、上の兄が言ったのだと続けた。
「後で、おかしいなと思ったんです。兄は優しい人だから、怪我人を見捨てるなんて、ありえない。でも、あの時は・・・・・・」
支離滅裂に思えた言葉の羅列が、少しずつ形になっていく。
幼少期に目撃した光景と、不可解な兄の行動を理解した時、レインはこの世界を見限った。
柔らかな笑顔と、浮き世離れした態度の陰で、深い絶望を抱えていたのだ。雨の帳に遮られた、向こう側で。
「レイン」
ルークはレインの体に腕を回し、きつく抱きしめる。
「ちょっ、ルーク、痛いですよ」
レインの抗議に構わず、ルークは耳元に口を寄せた。
「私が君を守るから。この世界で生きて欲しい。何処にも行かないでくれ」
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙の後、レインが背中に腕を回してくる。頼り無いけれど、確かな温もりが、そこにはあった。
「何処にも行きません・・・・・・貴方の側にいたい」
ルークは腕を緩めて、レインと顔を見合わせる。互いに顔を寄せ、唇を重ね合わせた。
もう、雨の音は必要ない。
作品名:【創作】「rain」【BL】 作家名:シャオ