ジレンマ
第五話 天国
私たちは、「ゲームセンター髭男爵」に着いた。
確かに、あの紙に従って移動すれば警察と出くわすことは無かった。しかし、待ち行く人が、私たちの制服を見て、学校に連絡したら...と思うと気が気では無かった。
そんな私の心配をよそに茜ちゃんはズカズカと建物に入って行ってしまった。
「うぃっす。おんちゃん、今日もよろしく。」
彼女は入るなりカウンターにいた、男性に挨拶した。その男性はおじさんというより、おじいちゃんに近く、髭は無秩序に伸び、顔には深いしわがたたまれ、頭は微かに薄くなっていた。
「あぁ、茜ちゃん。いらっしゃい。」
あまり関わりたくない風貌だったが、その笑顔の奥にはどこか懐かしい暖かい気持ちにさせるものがあった。
「あの、おじさんだあれ?」
聞こえないように茜ちゃんに囁いた。
「嗚呼、髭のおんちゃんの事?あの人は信用出来るから大丈夫だよ。だてに、私たちの行きつけじゃないからね。ほら見て、誰もいないでしょう。静かだし。ほぼ貸し切り状態。」
確かに、平日の昼間という事もあってお客さんは誰一人としていなかった。私が最後にゲームセンターへ行ったのは、小学生のとき、ママに連れて行ってもらって以来だ。あの時はもっと騒がしかった。私で遊んで。といわんばかりのゲーム台から流れる音楽。若いグループの歓声。悲鳴にも近い話し声。
それが、ここでは一切見られなかった。
「さあ、遊ぶよ!!!」
そこからの時間は天国だった。かったるいとしか言いようのない授業とは天と地の差だった。こんな気持ちは初めてだった。生まれてここまでの人生で最も幸せで最高の時間だったかも知れない。最初こそお客さんが入ってくるのではないかと警戒し、入り口に気にかけていたが、そのうちゲームに没頭してしまい警戒を怠っていた。
突然、入り口のドアが開いた。
そのとき、UFOキャッチャーに夢中だった私はそれに気づかなかった。
突然、肩を掴まれUFOキャッチャー台の影に引きづり込まれた。
「しっ。静かに」
茜ちゃんだった。
「なにか変わった事はないですか」
誰が入ってきたのかは分からなかったが、その事務的な口調や質問内容などからそれが警察官であることは明白だった。
私の心臓は爆発しそうだった。静かな店内で息を潜めて、見つからない事だけを祈っていた。