濃霧
ユーリは、森の中をひたすら走る。周囲に霧はまったく無いので、精一杯に走ることができた。
ただ、もし事情を知らない人が彼を見たら、パニックでただ走っているように見えるかもしれない……。必死と狂気は紙一重なのではないかと思えてくるのだ。
「はぁはぁ…はぁはぁ…」
息苦しいのも忘れて、彼は走り続ける。また濃霧が現れて、視界を遮ることはなかった。
出発から30分ほど経った頃、前方にフェンスが見えてきた。5メートルぐらいの高いフェンスで、上を錆びた鉄条網が波立っている。そして、薄い鉄板が看板としてぶら下がっており、
『放射能汚染物につき、立ち入り禁止!!!』
という警告文が大きく書いてあった……。
「そ…そんな……」
そこは間違いなく、サーシャと出会ったあの空き地であった……。だがユーリは、フェンスの前で立ち尽くすしかなかった……。
空き地を囲んでいるフェンスの内側は、赤土に生えた雑草で覆われている。そして、旧ソ連製の戦術核兵器が廃品としてそこに放置されていた……。核魚雷や核砲弾といった、冷戦時代にもてはやされた小さな核兵器たち……。今はすっかり忘れ去られ、ここでただ眠っている……。
テロリストに使われることがないよう、使えないようにする処理が施してある。だが、乱暴な処理方法だったため、中身の放射性物質が漏れ出ているかもしれない……。このあたりに、地元のテロリストがあまり現れないのは、ここのせいだろう……。人の気配がまったくしない……。
「…………」
ユーリは言葉を失い、しばらくその場を立ち尽くしていた。フェンスの向こう側を見ながら、彼はサーシャが何者だったのかを考え始める。
だが、突然背筋を走った寒気に、思考をブツンと中断させられた……。