濃霧
【ロシア連邦 北コーカサス地方 上空】
険しい山脈の大空を、1機の小型ジェット機が飛んでいる。戦闘機のようだが、カメラなどの偵察装置が備え付けられており、ミサイルをぶら下げてはいなかった。この小型機は、『Su−24MR』という偵察機だ。元々の仕様は戦闘機なので、速度と運動性能は高い。
そして、その偵察機には、若い男性パイロットが1人乗っていた。晴天に輝く太陽の光が、彼のヘルメットに反射している。
「司令部へ、作戦空域に到達した」
『了解した。任務に入れ』
偵察機の若い男性パイロットは、司令部のオペレーターと話をしていた。
「任務を開始する」
男はそう伝えると、通信を切った。
「偵察システム、オン」
機体の下部に装備されている偵察装置が動き始めた。装置のカメラが、地上を撮影している。山や森林をくまなくしっかりと撮影するカメラ。
「あの山までだな」
男は前方の山を見ている。そろそろ冬なので、どの山も冠雪していた。ここからの距離だと、あと5分ほどで到達できるだろう。予定の目途がついた彼は、夕食のメニューを考え始める。このあたりは、比較的安全な空域のため、楽な任務なのだ。
「……ん? 霧が出てきたな」
ところが、呑気に思案にふけっていられなくなった……。前方に濃霧が現れ始めたのだ。機体の周囲は霧で包まれ、あの山は見えなくなる。
それだけでなく、地上も濃霧で見えなくなり、偵察の意味をなさなくなってしまった……。これでは、偵察のやり直しである。
男は、山の天気は変わりやすいことを思い出し、じきに霧が晴れると自分に言い聞かせた。
だが、それは間違いだった……。
ビィーーー!!! ビィーーー!!! ビィーーー!!!
コクピットの機器が、うるさい警告音を鳴らし始めたのだ……。それは、濃霧で周囲が完全に見えなくなった頃のことだ……。
「……整備兵の連中、ウォッカを飲みながら仕事したのか?」
男は、この濃霧が原因だとはあまり思わなかった……。程度の差はあれ、整備不良はよくあることだからだ。普段の整備を怠ったせいで、この濃霧ぐらいで故障したのだと、彼は推測した。
だが、のんびり推測などしている場合ではなかった。高度とスピードがどんどん下がり始めたのだ……。計器を見ると、2つあるジェットエンジンの出力が、両方ともダウンしてしまっている。どうやら、致命的な故障が発生しているようだ。
眼下の森林がどんどん迫ってくる……。
「これでは任務どころじゃないぞ」
墜落は避けられないと判断した男は、緊急脱出装置のレバーを力いっぱい引く。