知らぬが仏・言わぬが花
「これで寝たいときにいつでも寝られるわよ。竹村君、好きなときに寝てもいいわよ」
「じゃあ、もう寝ようかな」
「えっ、もう寝ちゃうの?…」
「美和ちゃんも、もう寝ようよ」
「ちょっと早くない? これからゆっくりテレビ観ようと思ってたのに。ふだん観られないから。番組のチェックもしといたのよ」
「じゃあ、観てろよ。オレは寝る!」
芳樹はふてくされ気味だった。
「…わかったわ。私も寝るわ」
美和子は半ば呆れながら芳樹につきあうことにした。
下着姿になった美和子は芳樹の横にもぐり込んだ。
「美和ちゃん!」
芳樹は掛け布団をはがした。美和子は白のスケスケパンティをはいていたので、毛が透けて見えた。芳樹は生唾を飲み込んだ。
行為の最中、芳樹はひたすら自分が果てることしか考えていなかった。美和子は芳樹に期待できないと知ると、自分の感じるスポットに芳樹のモノを当てようとして腰をくねらせていた。
芳樹は果てる寸前に自分のモノを、美和子の性器から素早く抜いて、美和子の腹の上で発射させた。思わず「ごめん」と言ってしまった。美和子の腹を汚してしまったからだ。
遠距離恋愛でふだんは遠く離れている男女の肉体が、一つになると、心は二つに分かれる。
翌朝目を覚ました芳樹は下腹部が元気だった。背中を向けてまだ寝ていた美和子のパンティを下げて、性器に挿入して腰を何度か動かしてみたが、途中でやめた。そのうち美和子が目を覚まして、「入れたでしょ?」とポツリと言ったので、芳樹は一瞬迷ったが、「入れた」と答えた。美和子はそれ以上何も言わなかった。
二日目の夜、美和子がアパートでいつもお世話になっている一人暮らしの鈴木のおばあさんの所に新年の挨拶に行って、戻ってきた。
「竹村君、鈴木さんが、もしよろしかったら一緒にお酒どうですかって。誘われたんだけどどうする? 彼氏紹介してよって言うのよ。いやならいいのよ。無理しないで。貴重な私たちの時間だから」
美和子は、二人の間に入って正直困っていた。
「行ってもいいよ」
「本当? 無理してない?」
「無理してないよ。日頃お世話になってるんだろう。美和ちゃんもその方が助かるんだろう」
「ありがとう。ホント助かるわ」
二人は鈴木のおばあさんの部屋を訪ねた。鈴木さんは期待していなかったので、驚いていた。
最初はお堅い話題だったが、酒が進むと場が和んできた。
「あんたたち、ゆうべヤッタでしょ?」
鈴木さんが突然言いだした。芳樹と美和子はどう答えたらいいか困惑してしまった。
「恥ずかしがることないわよ。男と女ですもの、当然よ」
「うるさかったですか? すいません」
美和子があっさり答えた。
「別に気にしてないわよ。逆に同情してるのよ。だって東京と北海道だものね。彼氏も正月早々、よく来たわね。一緒にいるときは優しくしてやらないとだめよ」
鈴木さんは説教じみた言い方になった。
「はい。優しくしてます」
芳樹ははっきり答えた。
「よろしい。ではここで二人キスしなさい」
鈴木さんは、酔いがまわってきたようだ。
「ええっ!」
芳樹と美和子は、戸惑ってしまった。
「それなら、みんなでしよう」
美和子がとっさに機転を利かせて、キス・パーティになった。その後、鈴木さんが寝てしまったので、お開きになった。美和子の部屋に戻ってから、二人っきりでキス・パーティの続きをしたのは言うまでもない。
翌日は芳樹の在京三日目。いよいよ最終日である。昼まで寝ていた二人は、外でランチをしてそのまま散歩をしようということになった。食材もそろそろ底を突いてきたので、買いたさなければならない。明日、美和子は仕事始めである。
芳樹は美和子のジーンズをはいて出かけることにした。「竹村くん、ウエスト細いから私のがはけるのよねぇ」と美和子が嬉しそうに話す。芳樹も何だか嬉しくなる。
最後の晩餐のメニューは焼き肉だった。
「早いわよねぇ。今日が最後の夜よ」
美和子がしみじみと言う。
「ホントだね。楽しかったよ」
「私もよ。何もお構いできなかったけど」
「そんなことないよ。十分だよ。今度はいつ来られるかな?…」
「ええ、また今度ね。…テレビ観ない?」
美和子は芳樹の話に適当に答えて、テレビの電源を入れた。ちょうど正月特番でジュリー(沢田研二)の?光源氏?をやっていた。
「ジュリー、この役ぴったりよね」
美和子はこの番組を前からチェックしていたようだ。
「確かにハマリ役だね」
芳樹も感心していた。
しばらく話をしないで観ていたが、美和子がコマーシャルになったとき言い出した。
「ねぇ、もう寝ない?」
「番組、途中だけどいいのかい?」
「明日は仕事始めで朝早いから、いいわよ。」
「今日最後の夜だよ。…アレは? …」
芳樹が心配そうに言う。
「だから、その、今から…ということよ」
美和子の顔が上気していたのは、ビールの酔いだけではなかった。
「あっ、そういうことか。 わ・か・り・ま・し・た」
芳樹はホッとした。
最後の夜のメイク・ラブが終わった。明日は二人とも早いから、このまますぐ眠ればいいものの、最後の夜ということで、名残を惜しむように他愛のない話が続き、?お休み?の言葉をお互いなかなか言えないでいた。芳樹はこの際だから、今まで気になっていたことを訊いてみることにした。
「大学四年の時さ、美和子がオレのアパートに泊まりに来たこと覚えてる?」
「勿論、覚えてるわよ。あのときはいきなりで迷惑かけたわね」
「いやそんなこと気にしていないけどさ。それよりオレ…何もしなかったろ。それって、…どう思う?」
芳樹はおそるおそる訊いてみた。
「あのこと? 確かに…男と女が一緒にお酒飲んで、一つの布団に寝て何もないというのはヘンよね。でもちょっと、誤解しないでね。私、期待なんかしていなかったわ。疲れていたから早く横になって眠りたいというのが本心よ。ただ、竹村君が求めてきたら受け入れるつもりだったのよ。…でも何もしてこないから、この人、ヘンな人ねと思ったわ」
美和子の思いを訊いた芳樹は今更ながらに口惜しがった。
しばし沈黙が続き、いよいよ就寝かと思いきや、美和子が突然妙なことを言い出した。
「あのねえ、私の身体に?悪魔?が棲みついているみたいなの」
「またまた冗談を! 正月早々、冗談キツイよ。誰が信じるかよ」
芳樹は端から取り合わなかった。
「信じる、信じないはあなたの自由よ。でもね、高校のとき、最初につきあった彼氏は、オートバイで事故って死んだのよ。それから、美容学校に入ってからつきあった彼は、一緒にお酒飲んでいて気分が悪くなり、救急車で運ばれて生死をさまよったの。幸い命は取り留めたけどね」
「それって、偶然だろう?」
芳樹はそうは言ったものの、半信半疑だった。
「まだあるわ。まじめな教育大生の彼だったんだけど、単位落として落第しちゃって、採用試験も落ちたのよ」
「それって、美和子とは関係ないんじゃない。偶然がたまたま重なっただけじゃないの?」
作品名:知らぬが仏・言わぬが花 作家名:mabo