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知らぬが仏・言わぬが花

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 実は、芳樹が美和子に会う目的の一つが美和子を抱いて二人の関係を確かめることだった。
 
 
 大学四年の十二月、芳樹はアパートで卒論を書いていた。夜十時頃、ドアをノックするので、開けてみるとそこには美和子が立っていた。
「今夜泊めてよ」
 突然の珍客に驚いたのは言うまでもないが、相手が美和子だったので、期待感が溢れて来た。
「まずは入れよ」
 芳樹は努めて冷静を装って、寒そうな美和子を部屋に招き入れた。
「これお土産よ。適当にやってよ」
 美和子はウイスキーとつまみが入った紙袋を床に置いた。
「あら、お勉強? まじめね。邪魔しないわ。私、寝不足で眠いの。寝かせて」
 美和子はそう言うなり、芳樹のベッドにもぐり込んだ。
「おいおい。それはないだろう? 突然やって来て」
「だって、勉強してたんでしょ。だったら私のことは気にしないで続けてよ」
「簡単に切り替えできないよ」
 芳樹はふてぶてしく言った。
「わかった。悪かったわ。じゃあ、少しだけつきあうわ。でも、ホント眠いのよ。そのへんわかって」
 確かに眠そうな美和子だった。
「少しはつきあう義務あると思うよ」
 芳樹がそう言うと、美和子はベッドからモソモソ起き出した。
「眠い眠いって、なんで寝てないの?」
 芳樹が訊くと美和子は面倒くさそうに答えた。
「実習で毎日遅いのよ」
「じゃあ、…ちょっとでいいから、つきあってよ」
 芳樹は美和子と友達(彼氏)のことを話題にしていいものか思案していたら、「私、フラれちゃった」と美和子はあっけらかんとした態度で言ったので、芳樹は話しやすかった。
「本当に別れたの?」美和子と友達(彼氏)は今まで何度も別れたり、よりを戻したりしていたのである。
「本当よ。もうよりが戻ることはないわ。…今までありがとう」
 芳樹は美和子の屈託のない言い方に何となく違和感をおぼえた。
「そう。仕方ないね。……それより実習って、寝る時間も惜しんでやるものなの?」
 芳樹は話題を変えた。
「だって、卒業かかってるのよ」
「卒業したらどうするの? 実家に帰るの?」
「最終的にはそうなるかもしれないけど、すぐ帰りたくないわ。もっと腕を磨きたいわよ」
「じゃあ、札幌にでも出るつもり?」
「まだわかんない。家とも相談しなくちゃ。それよりあなたどうするの? 採用試験落ちたんだって?」
 決して明るくはない将来を酒の肴にして、二人は酒を飲んだ。芳樹は卒論に追われ、久しぶりの酒だったので、少し悪酔いをしたようだった。
「何か気分悪くなってきた。ちょっと悪い」
 芳樹はそう言うなり、トイレに駆け込んだ。
 部屋に戻ってみると美和子は片づけていた。
「もう終わりかよ」
「だって、あなた気分悪いんでしょ。もう寝た方がいいわ」
 美和子にしてみると酒盛りを辞めるきっかけができてよかったのだ。芳樹はトイレで少し吐いたら気分がよくなったので、もう少し飲みたかった。
 美和子は洗い物をそそくさと済ませて、「お休み。私先に寝るから」と言って、ベッドにもぐり込んだ。
 芳樹も仕方ないので、寝ることにした。部屋の灯りを消して美和子の横に寝た。話しかけようとしたが、寝息を立てているのでやめた。このまま寝ようとしたが、なかなか寝つかない。美和子が泊めてと言って来たときから、モヤモヤしていることに決着をつけようと思った。
 背中越しに美和子を抱きしめてみた。反応はなかった。さっきの寝息は本物だった。この際、寝ててもかまわないと思い、胸の膨らみに手を移動させた。今度はいやがる素振りをした。このとき芳樹は吐いたことを思い出し、嘔吐の悪臭のことが気になり出した。今更、歯磨きするのも億劫であった。思案の結果、美和子を抱くことを諦めた。自分は美和子にとって?いい人?であり続けようと無理やり思い込ませた。人畜無害を決め込んだら、あとは寝るしかなかった。
 目が覚めてみると美和子はいなかった。そういえば朝方、『実習があるから行くね』と言っていたような気がしたが、夢ではなかったようだ。今思えば、?悪い人?になりたかった。
 
 
 羽田に着いた芳樹は、到着ロビーに進み、人垣を見渡しても美和子らしき人を見つけることができなかった。よせばいいのにあちこちうろついてしまった。これがいけなかった。最初はそのうち見つかるだろうと気楽に考えていたが、十分、十五分、二十分と時間がたつにつれ、さすがに焦ってきた。そのときであった。芳樹を呼び出すアナウンスが聞こえた。
「あっ、竹村君、いた、いた!」
「美和ちゃん、やっと会えた! 疲れたよ」
 芳樹は、垢抜けした美和子を見て、ちょっと驚いた。
「あなた、出口にずっといなかったでしょ」
「ちょっとうろついたかな」
「私も疲れたわ。…珈琲でも飲んで行く? それともすぐ出る?」
「喉も渇いたし、珈琲飲むよ」
「じゃあ、あそこで飲んで行こう」
 二人はちょうど目の前にあったカウンター席のみのカフェに立ち寄った。
 それから電車で美和子の住むアパートへ行った。部屋に入ると二間続きの手前の部屋には鍋の用意がされていた。
「安アパートだからこんなもんよ」
 美和子は少し自嘲気味に言った。
「いや、結構いいとこだね。安いと言うけど、それでも東京だから高いんだろ?」
「そりゃ、北海道よりはね。それより正月なのに、悪いんだけど鍋でガマンしてね」
「上等だよ。まさか用意してるとは思ってなかったし…」
「朝、ちょっと用があって、勤めてるお店に行って来たのよ。それからだから時間がなくて、鍋なら材料を切っておけばあとは何とかなると思って。それとこれも買っておいたわ。これでいいわね」 
 ウイスキーの?サントリー金ラベル?が卓袱台の横に置いてあった。このウイスキーは当時、布施明のCMで売り出していて、なかなか人気があったのだ。
「いやあ、悪いな、忙しいのに。酒まで用意してくれて、ありがとう。外で食べてもよかったのに」
「外で食べると高いし、このあたりはあまりいいお店ないのよ」
 美和子はなかなかのしっかり者である。料理も手際よく作ってしまう。そのへんも芳樹が惚れた理由の一つであった。
 さっそく鍋を突っつきながら酒を飲み出した。こうして美和子と差し向かいで飲む酒は格別だった。この光景を何度想像したことか。でも、調子に乗って飲んではいけない、悪酔いしてはいけないと芳樹は自分に言い聞かせた。だからテレビの正月番組でも観て気持ちを鎮めようと考えた。
「このテレビね、実は借りてきたのよ」
 テレビを観ながら美和子が言った。
「えっ、テレビないの?」
 テレビっ子の芳樹には考えられなかった。
「だって、帰って来たって、遅いから寝るだけだし、休みの日だって、遅くまで寝てるし。テレビ観る暇がないの…それで竹村君が来るから友達から借りたのよ」
「へえー、そうだったんだ。気遣わせたね」
「そんなことないわよ。んー、大儀になるから今のうちにお布団敷いちゃうわ。テレビ観ててよ」
「手伝おうか?」
「いいわよ。すぐ終わるから」
「じゃあ、テレビ観てるよ」
 芳樹は、リベンジを誓っていた。
 
 布団を敷き終わった美和子がこっちの部屋に戻ってきた。
作品名:知らぬが仏・言わぬが花 作家名:mabo