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私の読む「宇津保物語」第二巻 忠こそ

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「可愛そうに、そういうことだったのか、父も一刻でも見なければ同じ事を思う。亡き母の遺言であるから、忠がこの世に生まれてのち、僅かなことでも知らないことがなかった。しかし、お前が父を思っていないようなことが噂になっているようだが、これでは今後、お前の面倒を見ることが出来ないと思う」

「おかしな事を仰います父上は、どういう事でございますか」
 涙を流して泣きながら忠こそは父の前から去った。

 忠こそは自分の部屋に戻り
「亡き母が
『世が逆さまになるようなこと、兵を差し向けて父親を攻める、この子が起こしても、知らぬ顔で居てくださいませ』
 と、言われた言葉を何回も聴かされると、私は父上の不名誉になるようなことは、塵ほどもしてはいませんのに、どんな思い罪ある事をお聞きになってあのようなことを仰ったのだろう」

 忠こそは恐ろしくまた恥ずかしく思いながら臥せっていた。

 忠こそがこのように思い悩み苦しんでいることは父千蔭は知らない、何故、内裏へ参内しようとしないんだろう、と思う。

 帝は、忠こそが現れないのは、実家に帰ったのであろうと思った。忠こそは、

「この上父上にお会いすることは出来ない、山の奥にでも隠遁しよう。親を少しでも見ないことは心細く悲しい、私をお許しにならない様子を気にしながらでは、何を頼りにして参内すればいいのだ」

 と思い続けて部屋に引き籠もっていた。

 忠こそが、内裏を退出して五日目の朝、鞍馬山から、若いときから山に籠もり、髪もところどころ白髪になった行者が、弟子三人、童子五人連れたのが食べるものもなくなり千蔭大臣の門前に来て陀羅尼経を有り難く唱える。大変に有り難い声が聞こえるので、忠こそは急いで起きて門の所へ走り出てみると、またとない修行僧である。それを見た忠こそは伏し拝みする。門を守る侍達が忠こそを見て、

「どうしてこの行者を伏してまで拝まれるのですか」

 と言って、殿内が大騒ぎになる。忠こその周りには五位六位の侍達がひざまずいて畏まる。

 これを見て行者は、

「これは身分の高い家だ。そこの縁者の方だ」

 忠こそが行者に、

「どちらにお住まいの勧業のお方ですか」

「年若い頃より鞍馬山に籠もりまして、今年で三十年になります山伏です。去る七月より修行行脚に出ていますが、托鉢を戴かない日が三日になります。童に食べさすことが出来ませんので疲れ果てています。お願いいたします。私たちも修行のために食を断って日にちが経ちました」

「暫くここでお待ち下さい」
 忠こそはうちに入って冬の装束一揃いを小さく畳んで自分で持って出て行った。

「誰も布施などはしてくれないでしょう、これを童子達に差し上げよう」

 貰った装束を行者の弟子一人が市へ持ってゆき銭に代える間、忠こそは山伏と話し合う、

「私は幼いときから行の道に進もうと思っていましたが、父から宮仕えを進められましたので、親の許にこのように住んでいますが、心が落ち着きません。身を粉にして山中に修行なさる方が羨ましい。このようなことを訴えても父はお許しにはならないでしょう。ですから世に知られた師の弟子になることは憚られます。貴方のように隠れた賢者の方であれば幸いであります、どうかお弟子にしてくださいませ」

「何を仰るのです、とんでもないこと、出家をする者はよくよくのことがあって、世の中から離れ、自分は死んだも同然だと考えて隠遁すのです。いったい、貴方はその様な困難に堪えることがお出来になりますか、とても堪えられないのではありませんか」

 忠こそは、
「どうしてそのように言われるのです。修行をなさる方は人の願いを叶えさせてくれることではないのですか。勧業をしようとする者を拒まれるとは、お気持ちが歪んでいるように思うのですが」

 行者は、
「平安にお暮らしの貴方が、草や蔦の根を戴いて、木の皮、苔を敷物とするような生活をなさるならば、とてもそのような毎日の生活に耐えられないと思うからであります」

「平安な暮らしを長年続けているわけではありません、心苦しくて、この先どうしようと思っているからです」

「貴方の心がけ次第ですよ、尊く大事なことです」

「それでは、この場を離れて、近いところでお待ち下さいませ」

 自分が家出をしようとしているところを、見られては困る、と行者の一行を、門から遠ざけて、忠こそは家の中に入った。

 忠こそは世を捨てようと思うが、捨てられないものが二つあった。一つは、あの梅壺の君に、お会い出来なくなる上に文を書くことも断ち切らなければならない。もう一つは、日頃大事にして弾いている琴の、おりめ風、を二度と弾けなくなること。

 そうして父千蔭と離れることがもっと辛い。父が他出して人気がない時であるので、おりめ風で一曲演奏して、りゅうかくの部分に書き付けた。

 ひく人もむなしくならば琴の音に
うつせみのみやいまはしらべん
(弾く人がいなくなってしまえば、この琴を誰が弾くのでしょうか、いまはかぎりと現身であるわたしが心ゆくばかり演奏をしてみましょう)

 と涙ながらに書き付ける。

 梅壺の御息所に、文を書く


 病気になりまして参内が出来なかったうちに、日にちが経ってしまいました。この上病気が治らなければ、全く参内が出来なくなる。と思いますと心細いです。

 泣きたむるなみだのかはの水ふかみ
あひ見むほどの淀むべきかな
(泣いて溜まった涙の川の、水が深くて淀むように、お会いしたい気持ちも淀みがちであります)

 思し召しの有り難さを身にしみて勿体なく存じます。


 と書いて忠こそは側に仕える童を使いにして、御息所に差し上げた。

 読んだ御息所は、
 「何を考えて忠こそは、このようなことを言ってきたのだろう」
 と、返事を、


 久しく参内なさらないのは、病にかかられたからでしたか。心細いことを言われるのは、どうしてです。早まったことをなさいますな、淀むと言われるそのお心が、おかしゅうございます。その様に行方が分からないと仰るならば

 なみだ河そこなる水の速ければ
   滝つ瀬みむとおもはざりしを
(深い涙川の隠れた底にある流れが速くて、何処へ行くか分からない激しい滝となるのを、見ようとは思いもしませんでしたよ)


 忠こそは、日が暮れると行者とともに、家出をした。


 こうして忠こそは山に入り、頭髪を剃って受戒して、可憐な行人になって、従ったあの行者にいろいろと教えを受けて、元々賢い忠こそであるから、師の教えをそっくり理解して修行をした。

 その様なことがあったことも知らないで、帝は、忠こそは、里の家に帰っていると思われて、一方、父の大臣は、忠こそは内裏に上がって家には居ない。と二十日ばかり日が経ったころに、内裏より忠こそのお召しがあった。

 蔵人所の小舎人が来て、千蔭は忠こそは内裏に侍っていると思っているので、驚いて、

「忠こそは内裏に参内しては居ませんか、去る日にはっきりと内裏に参内したのであるが、ここには居なくなって久しくなる」

 と騒がれる。使いの小舎人は、