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私の読む「宇津保物語」第二巻 忠こそ

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 絵解 ここは千蔭の大殿

 こうして長い間千蔭大臣は一条殿にはお行きにならなかった。忠こそはあこ君の許に時々かようのを継母の北方はうらやましく思うが、北方にとっては千蔭が現れないので片想いであった。細かい文をもらうのであるが、
返事の文は送らないままに五月五日を迎えた。端午の節のご馳走を立派にこしらえて「千蔭大臣の食事である」と北方は例によって使用人には食べさせないで、千蔭を待っていると忠こそ一人が現れて、
「千蔭の代わりに子供忠こそに」
 と、北方は忠こその前に出て、小さい菖蒲に次のように書いて置いた。箸の台に

 けふだにもおふと知らなんあやめ草
なみだの河の深き渚(みぎわ)に
(せめて今日こそは知っていただきたい。このあやめ草はあなたを恋い慕って泣く私の涙が河となりその深い河の渚に生えた草であることを)

 と、あって、忠こそははよんで、これはおかしいと、このように仰るのは、父君に自分を悪く思わせようという考えではなかろうか、と思うに、これでは父上が気の毒であると、

 よるなみのすゝきわたればあやめ草
    なほ思ふこそ苦しかりけん
(あやめ草に浪があんまり言い寄るので、それを思うだけでも父君のために心苦しいのです)

 北方に好いことでしたらどんなに嬉しいことでしょう。

 と忠こそは北方に返答をした。北方はこれを見て、心で邪推して私に恥をかかせた。この報いはどうしてやろう、と思い、どう復習をしてやろうか、と睨み付けるがいい考えがない。強いて悪いことを謀る。

 千蔭大臣の下に祖父の代から代々伝わる有名な帯(石帯)があって、それを千蔭が内宴の時に腰に締めて、北方の一条殿ではずして置いたのを隠したことを北方は思い出して、大事な石帯を失ったと大騒ぎされた。

 千蔭が驚くことは当然のことである。いろいろと石帯発見の方法をとられるが、

「ここまで五代六代と引き継いできた石帯を、私の代で失うとは」
 と、気持ちを取り乱して嘆かれる。

「この石帯は今年の大嘗で腰に巻いた。帝が御覧になって『この石帯をくれたら位を上げてやろう』と仰せになったのを思うことがあってしばらく差し上げなかった。惜しい物を失った」
 真から嘆き悲しんだ。

 北方は、
「さて、どのようにしてこの石帯を忠こそが盗んだことにしてやろうか」
 と、盗んだことを父親の千蔭に知らしてやろうと、博打の仲間では利口者と知られた者が貧乏で困窮しているのを知って呼び寄せて。 祐宗は、

「簡単なことです、忠こそのようなおかしな者が、どうして栄えるのでしょうかね。

 見るところは非の打ち所のない人物と見受けられる。世の全てのことが忠こそが奏上したそのままで事が運ばれ、本当に忠こその一人舞台です。

 忠こその上に人無きように見受けられる。
 北方が思われることは真実であります。

 忠こそは内裏に昇殿されると帝の側を離れず、ご寵愛は当然のことのようにお振る舞いになっておられる。

 後宮の女御更衣が忠こそをご利用なさらないはずがない。梅壺に住む女御更衣の方々は、全てのことを隠すことなく忠こそに申しておられる。

 このような女御更衣にまで手を伸ばしている忠こそを、帝がお側を離さないということは、なんと恐ろしいことではありませんか。

 梅壺の御息所は現在では時の人であります。忠こそが御息所に示す態度を御覧になっても帝は側から離されない、恐ろしいことです」

 北方は長々と語る祐宗のことばに、忠こそは他人にこのように思われているのだ、ねたむ心が激しくなった。そうして祐宗に、

「千蔭に言うことは、
『親のことをこのように言いたくはないのですが、罪があれば命を取られることもあることですから、申し上げるのでございます。父千蔭大臣は、こっそりと后の宮と密通しています。それでも満足しないで、『帝を退位させよう』
 と、画策いたしています。そういうときだから、忠こそにそのことを糾弾させるべきではありませんか。父大臣は私の忠告を聞こうとも致しません。だから忍んで奏上いたすのでございます』
 と申し上げますと、帝は、
『問題である、はっきりしたことだ。何が不足で朝廷に対して悪心を起こすのだ。多くの順序を飛び越してまで大臣に引き上げたのだ。そう思うならば伊豆の島へでも勤めを変えさせよう』
 と仰せになられた。
『誰もは聞いていませんでした。祐宗ただ一人にお聞かせなされました』
 と千蔭にいなさい」

 北方は祐宗の耳許でささやくように告げた。聞いて祐宗は、

「しかりお聞きいたしました。何の造作もありません」。うまく取り計らって参ります」
 
 北方は、殿上の制服束帯を一揃い清らかな物を取りそろえて、祐宗の妻の衣装なども美しい物を祐宗に与えた。

 祐宗は数々の物を北方から戴いて、後に自分に大難が引き起こることも知らないで、千蔭大臣の許に参上して

「急ぎの用件で参上いたしました」

 千蔭大臣は祐宗に面会した。

「先日、このような謀がありましたのを、大臣ご存じでしたか。大事なお子様のことをこのように申すのも軽々しいことではありませんので、この謀を承りましてこれはただごとではないと、このように申し上げる次第です」
 と、祐宗は千蔭に申し上げた。

 千蔭はすぐに言葉を出さず、
「忠こそがその様なことを申すとは」
 また
「なぜこの祐宗がこのような恐ろしいことを我に告げるのか」

 祐宗の言うことが真実であろが、恐ろしいこと、だが祐宗に千蔭は言う。

 大臣はいろいろと考えるが忠こそがその様なことをするとは考えられないのであるが、石帯の紛失がおかしいので、なんと言うことを、と本気で感じられた。忠こそに、世間でこんなことを言っている、とも言わないで、北方にも、石帯を見付けたとも言わなかった。

 北方は当てがはずれて、また謀を考えた。亡くなった大臣忠恒の甥に祐宗(すけむね)というのがいて少将であった。この男は性格が悪く賭け事を好む不幸者で、自分の装束一式を賭け事に注ぎこんで無くしてしまったので、内裏に出仕することも出来ない。仕方なく家に籠もっているのを呼び出して、いろいろと昔の話をする。

「昔はね、貴方を親しいお方だと信頼してきました。しかし、夫の忠恒が亡くなりまして、貴方が私につれなくされても当たり前のことである、とあきらめたいました。私は女ですのでこれと言って親しい方はありませんし、貴方だけをあれこれと頼みにして参りました」

 きいて、祐宗は、

「恐縮です。最近は内裏に上がるのが忙しくて、何も仰せがないうえに、貴女だけで女ばかりのところにお伺いするのもどうかと、お伺いいたしませんでした」
 北方は、
「そうでしょうが、私は昔のことが忘れられなくて、貴方が訪ねてこられない恨みを忘れて、お願いがあります。最近は内裏へ参内なさいますか」

 祐宗は、
「つい先頃のこと、侍所の近衛の衛視が油断しているのを、これ幸いと盗人が侵入して、置いおいてあった装束を二つ三つ、そこにあるいろいろな調度を探し回って奪っていきましたので、私も装束を失いまして、内裏からのお召しがありますが参内することが出来ずにおります」