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連載小説「六連星(むつらぼし)」第41話 ~45話

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 「被災地医療の現場は、それほどまでに凄まじく、深刻なものでした。
 それ以外にも私たちは、もうひとつの大きな障害と戦いました。
 石巻を襲った大津波は、人が暮らしていくために必要な全ての物を、
 根こそぎ押し流してしまいました。
 電気や水。ガスなどのライフラインは、ズタズタに破壊されました。
 被災地には何ひとつ、生活に必要なものが残っていないのです・・・・
 私たちはほんの一瞬で、生きるために必要なものを
 すべて失ってしまいました」


 「実はその光景も、私はテレビで見ています。
 ほんとうに不謹慎者ですね、私は。
 雪が降る寒そうな避難所の様子を見ながら、3月の初旬だと言うのに、
 まだ東北は冬なんだ・・・などとぼんやり、他人事のように
 テレビの画面を眺めていました。
 ・・・そうですよね。
 やっとの思いで助かった人々たちが、水も電気も食料もない中で、
 真冬と向き合っていたと言うのに、私はビールを飲みながら、
 呑気に炬燵でテレビを見ていたのです・・・・
 あまりにも無関心すぎます。
 他人事のように見ていた私が、いま考えると無知すぎて、
 顔から火が出るほどに恥ずかしい・・・」

 
 「恥じる必要は、有りません。
 あなたは一年後の実際の様子を、その目で見るために、
 こうして被災地へ足を運んでくれました。
 そのうえ私の話にも、優しく耳を傾けてくれています。
 すべてのことをこうしてお話しするのも、実は私も初めてです。
 私こそ、胸のつかえが取れるような、そんな気がしています。
 それほど3・11直後の石巻は、悲惨な状態そのものでした。
 でも被災地の本当の苦しみは、被災後にやってきました。
 石巻赤十字病院で受け入れた急患の数は、本震から1週間が過ぎても、
 一日平均、300人以上がやってきました。
 震災前が1日平均60人くらいですから、5倍以上にあたります。
 この頃から、正体不明のあたらしい病気も発生しています。
 原因は避難所の非衛生的な環境と、食料と生活物資の日常的な不足です。
 200人が避難した石巻市の渡波公民館では、本震から
 1週間以上たってから、高熱を出す避難者が相次ぎました。

 水もなければ電気もガスもない。寄り集まりの避難生活です。
 沢水を沸かして飲み、周りでくんだ井戸水を手洗い用に使っています。
 マスクや消毒薬といった衛生用品は、まったくありません。
 避難者が体調を崩すたびに、200メートルほど離れた消防署まで
 職員が走っていって、救急車を呼びます。
 そうして私たちの赤十字病院まで、搬送してくるのです。
 食料や飲み水を確保することに必死で、衛生に配慮する余裕がないのです。
 搬送された患者の多くが、肺炎や胃腸炎などの感染症です。
 脱水症状の患者さんもいました。
 避難した人たちの、避難所での生活環境が悪すぎるためです。
 被災地では、いつまでたっても患者の数が減りません。
 こうして、あたらしい負のスパイラルが始まりました・・・・」


 沈痛過ぎる被災地の話に、響が、思わず唇を噛みしめる。
ふっと溜息を洩らした浩子も、次の言葉を探して、沈黙のひと時をつくる。
後部座席の2人の間に、重い沈黙の一瞬が訪れた。
運転席から英治が、乾いた声で、後部座席の2人に問いかける。

 「おい。後ろのお二人さん。
 コンビニが見えてきたぜ。ちょっと寄って休憩をしていこうぜ」

 「何言ってんの英治ったら。こんなときに」

 「勘弁してくれ、響。
 なんだか、目の前がぼやけてきた・・・頼むから、一休みしょう」