連載小説「六連星(むつらぼし)」第41話 ~45話
連載小説「六連星(むつらぼし)」第42話
「そこは、まるで野戦病院のように」
「病院の外。玄関の周囲には絶え間なく、患者さん達が運ばれてきます。
津波で失った薬をもらいに来る人たちも、たくさんいました。
行方不明になった親族の安否を探す人たちも、次々とやってきます。
私たちがトリアージをしている最中にも『どうやって帰ればいいんだ』
『薬をもらうのに、いつまで待たせるんだ』と詰め寄ってきます。
それらの応対にも追われました。
途絶えることのない人の波が、地震の発生後、何日も続きました。
そうなってくると、当然のように哀しい事態も発生します。
私が今でも忘れられない出来ごとが有ります。
すでに亡くなってしまったお孫さんを、毛布にくるんで抱きながら、
走って病院に駆けつけきたお年寄りの姿を見たことがあります。
かける言葉を失いました。
『ほんとうに、いま起きているこれは現実なのだろうか・・・』と、
その時だけは、心底、そう思いました。
あの時のことは、今でもしっかりと私の目に焼き付いています。
私はおそらく、あのときの哀しいお年寄りの姿を、
一生忘れることができないでしょう」
浩子の瞳が、その時の光景を思い出して曇っていく。
響が、浩子の指の上へ、もう片方の手をそっと重ねていく。
浩子の口元に少しだけ、先ほどまでの笑みが戻ってきた。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第41話 ~45話 作家名:落合順平