連載小説「六連星(むつらぼし)」第41話 ~45話
「あの日・・・・市街地のほとんどが水に漬かりました。
救急車も流されて、今は2台しか使えない。
という消防の一報から、私たちの3・11が始まりました。
情報網が混乱しているため、市内で何が起きているのかまったく
わかりません。
停電のため、私たちの周囲の事しか把握できません。
そのうち、少しずつけが人が運ばれてきました。
夜になってから、救助された人々が次々に運ばれてくるようになりました。
でも救急隊からは、次々と悲惨な報告ばかりが入ってきます。
私は彼らからそれを聞いた瞬間、
『今、石巻で救出された人を搬送できる病院は、ここしかない。
きっとかなりの人がここへ運ばれてくる』と、ようやく事態の深刻さを
直感しました。
私の悪い予感は、ずばりと的中しました。
自衛隊などの救出が本格的に始まったのは、翌日12日のお昼ごろからです。
ヘリコプターや、特殊車両が数分おきに被災者を、私たちの病院へ
運び込んできました。
搬送されてきた人の多くは、ずぶぬれでふるえていました。
中にはまったく話もできない状態の人もいます。
恐怖を体験したせいか、ほとんどの人がぼうぜんとしていました。
ねぇ、あなた・・・・
本当に聞きたいの?こんな凄惨な話を 」
「是非。お聞きしたいと思います。
わたしは知りたいのです。3・11の真実を 」
強い意志を込めた響の瞳が、まっすぐ、浩子を見つめる。
響の指の上に、浩子の温かい手が降りてきた。
「最初に取り組んだのは、病院の正面玄関の外側に、
治療の優先度を判断するためのトリアージを、準備することでした。
それと平行して、軽傷者たちを治療するための大型テントも設けました。
準備を整えた後。私は、他の医師や看護師たち10人とともに、
トリアージ作業に当たりました」
「トリア―ジと言う言葉は、災害時でよく耳にします。
実際にはどういう意味をもつのですか。
ごめんなさい。、質問があまりにも、素人すぎて・・・・」
浩子がまた、にこりと笑う。
お尻をずらし、上半身を軽くひねる。
そうすることで、斜め正面から響と向いあう姿勢がとれる。
響の指の上に置かれた、浩子の温かい手から、すこしずつ力が降りてくる。
「災害が発生した時。有効的に医療活動をおこなう事が求められます。
怪我人をレベルによって振り分けていく作業を、トリア―ジと呼びます。
災害時とはいえ、医療用の資源は限られています。
医療スタッフや、医薬品にも、限度があります。
限られた医療資源の中で、助かる可能性のある傷病者を優先的に救命します。
社会復帰に結びつけてこそ、 トリアージの意義があるのです。
トリアージは負傷者を、重症度、緊急度などによって段階的に分類します。
治療や、搬送の優先順位が決められます。
悲しいことですが、助からないと思われる人の治療は、後回しにされます。
限られた条件の中で、より多くの人々を救うためにトリア―ジが有るのです。
時には、重い決断を下す勇気も、必要になります」
にこにこと、明るく輝いていた浩子さんの瞳がなぜかこの一瞬だけ、
深い悲しみの色を浮かべた。
初めて聞くトリアージの話に響は、胸をドキドキさせたまま浩子の
顔を見つめている。
だが、一瞬だけ強く浮かんだ哀しみの色を、響はしっかり見届けていた。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第41話 ~45話 作家名:落合順平