私の読む「宇津保物語」第一巻 としかげの続き 2
仲頼はこの歌に感動したので、万歳楽を再度舞うと兼雅は来ていた袙を脱いで仲頼の肩にかけた。
左大将正頼と右大将兼雅が琴を合奏し、仲頼、行正が笛を吹いて琴に合わせ、残る全員が笏板で調子を取って楽しむ。宴会は限りなく盛り上がる。
左大将正頼が童であった頃、嵯峨院の開かれた祝賀会で落蹲(らくそん)の舞を素晴らしく舞って名を上げたが、今夜の楽手は手を尽くして珍しい曲を奏して見事であるのに、正頼の七男仲純(なかすみ)侍従が立ち上がり落蹲の舞を舞って寝殿正面の階段の下で何回も繰り返して舞う。仲忠は感極まって有頂天になる。
仲忠は正頼から戴いた被せ物の袙を取って仲純の肩にかけると二人して舞い始める。仲純は舞ながら退出する際に、松明を持つ左近衛府の尉官(じょうかん)に肩にした袙を掛けて退出した。
二度と出来ないような大宴会で楽しみ、夜も深くなった頃に辛うじて会場を抜け出して、仲忠は、
「正頼大将がしっつこく琴の演奏を強いなさるので、演奏をしたのだが、困ったことだ」
と言いもってご飯を食べる。
そこに仲純が来たので向かい合って話をする。仲忠は、
「内裏では時々お会いすることがありますが、貴方のことをあまり知りませんでした。おいで下さって本当に嬉しく思っています」
仲純は
「有り難うございます。仲純も一度はお伺いしたいとは思っていましたが、暇が無いのにかまけてお伺いもいたしませんで」
仲忠、
「清涼殿で伺候しているときは、父の兼雅ただ一人が居るだけで他に後見をして下さる方が居られません。心細く感じていましたので、お互いにこのように親しく話をしていただきました。内裏にあまり昇殿なさいませんのは、どうかなさったのですか」
仲純は、
「なんと言うこともありませんが、気分が優れませんので、昇殿しないだけのことです」
仲忠、
「どうしてそのように、さては、ある人に恋をしたのですか」
言われて仲純は少し笑って、
「我こそや見ぬ人恋ふる病すれ逢ふ日ならでは止む薬なし」
拾遺和歌集(665)の歌を詠う。仲忠は、
「本当ですか、父の北方三宮にも
『頼みになるような親族もないようだから仲忠を親しい友人として相談しなさい』
と仰せになった。
仲純にもそのように言われて
『源少将行正とは兄弟の契りを交わしたのだから、仲忠ともそのようになさい』
と仰せになった」
「それは大変嬉しいことです」
と仲忠と仲純お互いに語り合われて、仲純は、
「大変に酔いましたので、話が纏まらない」
「日頃心に思うことを、このように言われたことは、仲忠本当に嬉しいです」
「そのうち、仲忠殿を訪問いたします」
と言って仲純は去っていった。
こうしてあれこれと大騒ぎをして深厚に全員が引き上げた。兼雅は北の方に、
「今宵の宴をしっかりと御覧になりましたか。仲忠こそ他の人より勝っていたであろう」
というと、北方は、
「そのような、私には人を見る目がありません」
兼雅は、
「そう言われるが貴女の目は鋭いですよ。亡くなられた貴女のお父上俊蔭殿は天人も驚く琴の名手であり、それを貴女は習い覚えられてすっかり受け継がれたことは、立派なことです。
その貴女の琴の技法に仲忠も劣らないと人は思ったことでしょう。仲忠の琴の才能に正頼殿が冗談にも娘を嫁にやろうと言われた。
東宮が望まれても入内させなかった秘蔵の娘を仲忠にと言われた。有り難いではないか。このように天下の人を騒がせる大事な九姫を本当のことではなくとも、嬉しいことではないか」
仲忠の母の北方は、
「本当に正頼様は幸福な方ですね、お子様は世に秀でてご立派で、それぞれが職にお就きになって」
「実に立派なものですよ。あのように酒に酔われて大騒ぎをされても、他人の酔い方とひと味違います」
と、二人は床についた。仲忠侍従は自分の部屋に戻らないで、そのまま寝殿で寝てしまった。
作品名:私の読む「宇津保物語」第一巻 としかげの続き 2 作家名:陽高慈雨